ナイトメア
うーん。間に合いませんでした……
ちょっと暗いですが、お付き合いください。
「忌み子」、「ナイトメア」、「鬼子」、「穢れた者」……。
どれも私のような穢れを持って生まれた者を指す言葉だ。
穢れを持つということは、それだけで差別の対象となる。
私たち人族の宿敵である蛮族になると、穢れが強ければ強いほど、強いというか、高貴というか、位が高いとされるらしい。
穢れとは何か、というところまでいくと神学的な話になってしまうけれど、一般的に「穢れとは蛮族に属するもの」なのだ。
穢れの現れである角によって母親殺しの罪を負うことも、この論理でいけば、人族である母親を蛮族に属する穢れが殺したこととなる。つまり、その穢れを持った私も人族とは言い難い、と。
穢れを持たない人族と、穢れを持つ蛮族。
人族でありながら穢れを持って生まれた私は、まるで昔話の蝙蝠のようなものだった。
両親が立派な真語魔法の使い手で、街である程度の地位にあっても、私の一族が街の魔術師ギルドの長を何人も輩出したいわゆる名門であっても、それは変わらなかった。
もちろん、理解してくれる人もいたが、そう思わない人もいる。
さすがに幼児に暴力をふるう人はいなかったが、それに近いことはあったし、言葉や態度での暴力は数え切れないほどだ。
幼いから理解できないのではない。むしろ、幼かったからこそ、向けられる悪意に敏感になった。
もともと私の一族は、魔術師を目指す場合は一族以外に師匠を求めるのが慣例だったが、私が故郷から遠く離れた地に弟子に出されたのは、家族の優しさだったのだと信じている。
実際、私は“南の交易都市”で人間として平穏な日々を送ってきたのだから。
今、ラナルフさんは「ナイトメア」という言葉を使った。これは、一般的には侮蔑を含まない言い方として用いられるものだ。それだって「ナイトメア」=「悪夢」な訳だけど。
いずれにしろ、ラナルフさんがその言葉をあまりに自然に使うので、一瞬まじまじとラナルフさんの顔を見てしまった。
そして、手で帽子を押さえ、いつもの場所にあるか、確認してしまう。
今朝もちゃんと髪を編んで角を隠して、その上から更に帽子をかぶって、ピンで留めて……。
だいじょうぶ、ちゃんと角は隠れているはずだ。
「いや、見えてはいない。
でも、そんな風にするということは、ナイトメアなんだな?」
返す言葉もないまま、辛うじて頷くことはできたと思う。
そっか。自分たちのところの冒険者の種族くらい、世話役なら把握していて当然なんだ。
でも……。
「……あの、ナイトメアだと、まずいですか……?」
ナイトメアは、冒険者としては受け入れられやすいと聞いてはいたのだけど。
「いや、むしろ歓迎するチームもあるくらいだ。
ナイトメアには魔法や戦闘の才能を持つ者が多いからな」
ラナルフさんは私を安心させるように笑って肩を叩くと、「お茶を淹れてこよう」と言って、一度部屋を出て行った。
お茶、と言われて、師匠のところで飲んでいた薬草茶が無性に飲みたくなった。
薬草茶、などといっても別に何かの薬という訳ではない。街の近くでよく採れるグルシュの葉と根を煮出しただけのものだ。グルシュは気分を落ち着ける効果があり、香りが良い。イゼベルさまと、グルシュに別の薬草や香草を混ぜ、飲み比べては楽しんだものだ。グルシュは“南の貿易都市”にはたくさん生えていたが、この辺りではどうだろう。そのうち探しに行ってみたい。
目の前に差し出されたお茶を、一口飲んで、ああ、グルシュじゃない、と言いかけ、慌てて口をつぐんだ。さっき、ラナルフさんが出ていったところだと思ったのに、随分ぼんやりしていたらしい。向かいでは、ラナルフさんが飲むところだった。リリーも上手くなったがジリアンにはまだ及ばないな、などと言っているところを見ると、このお茶はリリーが淹れてくれたものらしい。
「さて、落ち着いたかね」
「あ、はい。申し訳ありませんでした。
あの、なぜ判ったんですか?」
「まあ、伊達に長年世話役をやってはいないということだよ。
さっきの続きだが、冒険者となるにあたって、ナイトメアでいけないということはない」
「……はい」
「いらんトラブルを避けるために、たいてい角は隠してるがね。
普段はナイトメアかどうかはいちいち聞いたりはしない」
それを聞いてひどく安心したのが判る。
「ただ、依頼をまわす都合で、私はそれを知っておく必要があるし、チームのメンバーにも伝えるべきだ。それはいいかね?」
「……はい」
それはそうだ。
中にはナイトメアを蛮族の手先として排除するする国だってあるのだ。そうでなくても差別の酷い国や依頼人というのはいる。そういった依頼を私に回すわけにはいかないだろう。
そして、命を預け、信頼しなくてはいけないチームのメンバーにも打ち明けるべきだというのも理解できる。ラナルフさんに話すのと同じ理由もあるし、信頼の証というのでもある。更に言えば、戦闘の作戦を立てる上で重要だという理由もある。
「チームのメンバーには一番はじめに言わなきゃだめでしょうか?」
意気地無し、と言われればそれまでだが、やはり、見も知らずの人に言うのは気が進まない。
「早い方がいいが……、まあ、はじめの依頼はお互いに様子見のところがあるからな。
まあ、ひとつの依頼が成功したら、でもいいんじゃないか」
「そうします」
その間にその人たちの人柄も判るだろうし。
「まあ、いいチームを見つけてやるから心配しないことだ」
話は終わりだ、とラナルフさんは立ち上がり、もう一度肩を叩かれた。
本当に、いいチームが見つかるといいな、と思った。
暗いのは好きじゃないんですが、設定上仕方なかったんです……。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました!