馬車に揺られて
仕事が忙しかったり、体調を崩したりですっかり間が開いてしまいました。
また、ペースを戻していきたいと思います。
朝というにはずいぶん遅い時間、昨夜のメンバーの半分が『金の雲雀亭』の食堂に顔を揃えていた。クローディア、サミュエル、エリアス、シシー、カノープス、私だ。クローディアを除いて、全員顔色が悪い。私たちは二日酔い、サミュエルは二日酔いと懐への打撃のせいだ。他の面々のうち、ジャックとディアナは昨夜、早々に引き揚げてしまった。今日は今日で、早々に朝食を食べて、どこかへ出掛けたらしい。
「ホント、だらしないわね。
まともなのは、クローディアだけじゃない」
ケラケラと笑いながら、遅い朝食を運んでくれたのはリリー、この『金の雲雀亭』の看板娘だ。
私たちの顔色のせいか、軽めなものばかりだが、すぐに手をつける者はいなかった。
食欲はないが、食べないとずっと二日酔いが治らない気がして、ゆっくりと食べられそうなものを食べた。美味しい料理だろうと思うのだが、体調が悪いせいで全く美味しく感じない。二度とお酒は呑み過ぎないようにしようと誓った。
「あんたたちのところでまともなのは、神官とクローディアだけねー」
あなたも、まともに付き合ってちゃだめよー、という忠告は昨夜してほしかったと思う。
「アイクは朝のお勤めのためにセーブしてたけど、カインは一番呑んでたはずなのに、どうして二日酔いにならないんでしょう?」
「あら、そうなの? とっても元気だったわよ」
そう言えば確かにお酒の匂いはしたわね、というリリーは夜は早い時間にひっこんでしまったから、カインが凄まじい量を呑んでいたのを知らないのだろう。
『金の雲雀亭』は酒場で、完全な家族経営。ご主人のラナルフさんと、奥さんのジリアンさん、息子のイアンとその妹のリリーという4人で切り盛りしている。世話役はラナルフさんだが、ジリアンさんも手伝っている。酒場の名前であり、エンブレムでもある『金の雲雀』は初代の奥さんが付けていたブローチからだそうだ。冒険者だった彼女は、『金の雲雀』の二つ名を名乗るようになり、引退して夫婦で酒場を開くにあたって、彼女の二つ名が店の名となったらしい。その金の雲雀のブローチはといえば、代々の女主人に引き継がれることとなり、現在はジリアンさんが付けている。その次はリリーか、イアンの奥さんとなる人が引き継ぐのだろう。
『金の雲雀亭』には私たちの他にも数人の客がいたが、食事時ではないのでのんびりとした雰囲気だ。店側もジリアンさんとリリーの二人で切り盛りしている。ジリアンさんは奥で何やら帳簿を付けながらだから、実質リリーひとりと言ってもいいのかもしれない。
はっきり言って今日は一日寝ていたい気分だが、そうもいかないだろう。せめて、今日中に宿は決めてしまわなくては。
「リリー、『空を泳ぐ魚亭』という宿屋に行きたいんだけど、知りませんか?」
「『空を泳ぐ魚亭』……?
聞いたことがある気がするわね……。ねえ、母さん、『空を泳ぐ魚亭』ってどこだったかしら?」
「『空を泳ぐ魚亭』?
それなら『太古の雨亭』のすぐ近くね。」
「あー、あそこか!
そっか、そっか。なら、もうすぐイエンツおじさんが来るから、イエンツおじさんに案内してもらえばいいわね。」
『太古の雨亭』……。世話役のひとつでサミュエルたちとの話で出てきた気がする。
ああ、カッコいい二代目がいて、彼目当ての女性冒険者が多い所か。
なんか私の苦手な空気を感じるから、できれば近付きたくないのだけど……。
私が『太古の雨亭』の情報を思い出している間に、リリーが薄い木片に『太古の雨亭』から『空を泳ぐ魚亭』までの簡単な地図を描きながら、私が『空を泳ぐ魚亭』に行けるように段取りをつけてくれた。
「あ、イエンツおじさんていうのはここに野菜を配達してくれる人でね。『太古の雨亭』の近くにお店があるから、そこまでは案内してくれるはずよ。その先は地図を見て行って。『太古の雨亭』よりも奥まった所にあるけど、すぐ近くよ。慣れないうちは、まず『太古の雨亭』を目指して、その後その地図を見ていくのがいいかもね。」
「なるほど。ありがとうございます。」
さすが、世話役の娘だけあって街の地理に詳しいだけでなく、冒険者の世話というか、道案内の手配も手慣れたものだ。
よし、これで今日中に『空を泳ぐ魚亭』に行けそうだ。
できるなら、ここからあまり遠くないといいのだけど。
また明日会うことを約束して別れたのだけど、手を振り返してくれたのはクローディア一人。
他の面々からは呻き声だけが返ってきた。あの人たち、本当に大丈夫かな……。
間もなくやって来たイエンツおじさんは、声が大きくていつも顔中で笑っているような人だった。野菜を中心に食品を扱うお店をお兄さんと一緒にしているんだとか。
野菜って重いし、いくら馬車を使うとはいえ、一人では大変そうだと思っていたら息子さんか甥っ子さんが手伝うらしい。
「今日は息子が手伝ってんだ。」
馬車の御者台にはイエンツおじさんにどことなく似た少年がいた。互いに挨拶をして、御者台に座らせてもらう。道を覚えないと困るし。御者台に3人は狭いので、息子さんが気を利かせて荷台に移ってくれた。荷台は品物を雨や風、埃から守るために幌が掛けられていて、視界があまり良くないのだ。
「お姉ちゃんはどこまでいくの?」
「『太古の雨亭』までご一緒させてもらいます。
昨日こちらに着いたばかりなので、いろいろ教えてくださいね?」
「ふうん。
『太古の雨亭』ってことはお姉ちゃんもアンソニー兄ちゃん狙い?」
ここでイエンツおじさんが息子を叱るが、質問は止めさせない。
まあ、聞かれても困らないし。
私としても、まだ二日酔いが抜けきってない状態で馬車に揺られるのはちょっときついので、会話するのは気が紛れて正直助かる。
「アンソニー?
ああ、カッコいいと噂の2代目の世話役さんですか?」
「あれ? そんな風に聞くってことは違うの?」
「世話役はもう『金の雲雀亭』のラナルフさんに決めてきちゃいましたからね。
『太古の雨亭』は宿に行くための目印なんです。
私のお目当ては『空を泳ぐ魚亭』って宿です。
主のジェロニモさんが私の師匠の古い友人なんだそうです。
知ってます?」
「あー、ジェロ親方んとこかぁ。」
「ジェロ『親方』?」
宿の主に「親方」はないだろう。そう思って聞き返したのだが、うまく伝わらなかったようだ。
「うん、ジェロ親方。
すっげー怖いの。でも、料理はサイコー。」
うーん、つまり。
「お料理が上手でお弟子さんがいるんでしょうか?
だからジェロ『親方』?」
「弟子なんかいないよ。ロイが手伝ってるけど。
弟子なんかとってたらあの宿潰れちゃうよ。
そうじゃなくて、ジェロ『親方』は、『親方』だから『親方』なんだよ」
あー、子ども特有の訳の分らない説明をされた……。
「この辺のやつが『親方』って呼ぶだけさ。まあ、あだ名だよ」
イエンツおじさんが苦笑しながら助け船を出してくれた。ああ、あだ名、ね。それなら納得。
「『親方』は気難しいけどいいやつだよ。料理の腕は間違いなく最高だしね。」
「お料理が美味しいのは大事ですよね、毎日のことですから」
これだけ地元の2人が言うのなら、かなり期待できそうで嬉しい。
「でも、料理はうまいけど、親方はやっぱり恐いんだよー。
おれ、あそこ行く時はロイだけの時しか行けない。」
「そりゃ、お前たちが料理つまみ食いしたからだろ。」
豪快に笑うイエンツおじさんにつられて、私も笑う。それじゃ怒られて当たり前だ。
「お、一昨年の話だもん、それにそれがなくたって親方はすっげー恐いんだよ!」
道すがら、ジェロ親方がいかに恐いかを息子さんが話し、それをイエンツおじさんと笑いながら聞いた。
「さて、着いた。ここまででいいんだったな?」
「はい、ありがとうございました。
――あ!!」
「ん? どうした?」
「お話があまり楽しくて、途中から道がわかりません……」
今度こそ、さっきの息子さんの比でなく爆笑された。
結局、明日の『金の雲雀亭』への配達のときに、一緒に連れて行ってもらうことになった。
は、恥ずかしい……。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
予定では宿まで着くはずだったのに……おかしいなぁ。