旅立ち(1)
「忌子」というのをご存知だろうか。
その言葉の通り「忌まわしい子」としてこの世に生を受けた存在だ。
その子は総じて整った容姿を持ち、何らかの能力に優れた者が多い。
それなのにどうして「忌まわしい」のかといえば、その存在が「穢れて」いるからだ。
その身の穢れは頭部に小さな角として現れる。
その角ゆえに生まれると同時に母殺しの罪を背負うことも多い。
人の中にあって、人に馴染めない存在。
それが忌子、つまり私という存在だ。
私は鏡を覗き込んで、髪の間から小さく見えるふたつの角に触ってみた。
もしも、コレがなかったら私は家族と今も暮らしていたのだろうか?
私は幸いにして両親にも兄姉にも愛されたが、もしも母が命を落としていたら、他の忌子たちのように彼らから憎まれたのだろうか?
実際、私を生んだ母は数日生死の境を彷徨ったというから、私が母殺しの罪を負った可能性は否定できないのだ。
もしも――。
「だめだめ!
旅立ちは明るい明日への一歩。
いつまで辛気臭い事を考えてるの?」
鏡の中の自分に説教をすると、ブラシを手に髪を編み込む。編み込んだ髪で角を隠すようにして、更に柔らかい布の帽子を被る。
手間はかかるが余計な面倒を避けるためには仕方ない。
「セレスト。
用意は出来た?」
控え目なノックとともに聞こえたのはイゼベルの声。
私を実の娘のように可愛がってくれた、師匠の奥様。
「今行きます」
「本当に行ってしまうのね」
「はい、イゼベルさまとお別れするのは寂しいのですが」
「いつでも帰ってきていいのよ?
ううん、たまには顔を見せに来て。
そうしないと、私が寂しいわ」
優しい腕に抱きしめられると鼻の奥がツンとする。
でも、そんな感傷も一瞬だった。下から師匠の大声が聞こえて、二人で苦笑する。
偏屈で変わり者の師匠と優しくて美人のイゼベルがどうして夫婦なんかやってるのか、その謎は結局解らないままだったな。
少し目の赤いイゼベルと一緒に居間兼食堂に降りると、不機嫌そうな師匠に睨まれた。
「まったく。
女というのは身支度に時間がかかっていかん」
「申し訳ありません、師匠」
「女の冒険者なんてものは周りから甘く見られるものだ。
それがひよっこの魔術師となれば尚更。
つけいる隙を与えてはならん」
「――はい。
今まで、本当にお世話になりました。
行ってまいります」
無言で頷いた師匠と、涙声で気をつけて、というイゼベルの姿を、もう一度目に焼き付ける。
私を温かく包んでくれた二人を残して、私は今日、旅立つ。
欲しいものは忌子の私が認められる場所。
そんな場所を手に入れるための旅だ。
せっかく「なろう」さまでエイプリル・フール企画をされていたので便乗、と思いましたが、間に合いませんでした。