表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

第9話

それは、春の名残のやわらかさと、梅雨の気配を孕んだ湿り気とが、まだ互いに譲らずにせめぎ合っているような一日だった。


時はゴールデンウィーク明けの月曜日、昼休み。


校舎の空気には、休日の余韻がまだ薄く漂っている。


彼らは連休中の出来事を断片的に交換しながら、言葉の往復によって友情の温度を確かめ合っていた。


そのとき、ひとりの男が教室へ戻り、何気なく放った一言が場の空気を一変させる。


三者三様に揺れた視線。やがて一点に収束する。


その先にいたのは、瀬野。


彼の目はすでに光を失い、つい先ほどまでそこにあったはずの飲料へと、虚ろに注がれている。


そして、喉の奥で擦れるような乾いた声で、彼は呟いた。





「・・・俺のお茶、誰か飲んだ?」





瀬野はこの事件の容疑者である俺、寺田、吉川の3人から事情聴取を行った。


俺:吉川が瀬野のペットボトル持ってたぞ。

寺田: 吉川君が瀬野君のペットボトル持ってたよ。

吉川: 僕以外はペットボトルを持ってないね。


「くそッ、これはもしかして一人だけ嘘をついていて犯人を当てるアレか!?」

頭を抱える瀬野。


ちゃんと確認しろよ、瀬野。

全員の供述は一致してるぞ。



「ちょっと待て、現場にいたのは楠本、寺田、吉川。そしてこれまでの話を踏まえると・・・」


良かった。

ちゃんと気づいたようだ。


「犯人はこの中にいるはずだ!!」


それは最初からわかってるんだよ。


「いや犯人は吉川だって。お前のペットボトル持ってたのあいつしかいないんだぞ?」

俺は瀬野に説明する。


「いや、本当にそうかな?楠本くん」

これまで存在感を消していた吉川は話始めた。


「よく思い出してほしい。僕たちが把握している事実はただ一つ、『僕がペットボトルを持っていた』ということだけ。本当に僕がお茶を飲んだかどうかわからない」


いや、お前自身は飲んだかどうかわかるだろ。


「確かに・・・つまり・・・」


おっと、瀬野が何か閃いたようだ。



「犯人はこの中にいるはずだ!!」


そのセリフ、2回目だぞ。



「・・・なんなら俺、吉川が瀬野のペットボトルを持って飲んでるの見たからな」


絶対吉川だろ。


しかし当の本人は肩を竦めて溜め息を吐いた。


「よく聞いて、楠本くん」

「なんだ」

「今この瞬間は、誰が瀬野くんの飲み物を飲んだのか確認することはできないよね?」

「まぁそうだな」


今この瞬間に限って言えば、だけどな。


「つまり僕たちの胃は不確実性を持っているわけだ」


なんだその世俗的なシュレディンガーの猫。


「そもそも、目撃者の証言が本当に有効であることは30パーセント以下という話もある」


だから楠本くんの意見も絶対に正しいとは言い切れない、と付け加える。


こっちまで攻撃してきた。



このままでは埒が明かない。


「・・・そうか、ルーレットで決めればいいじゃないか!」


瀬野は閃いた。



ルーレットで決める、とは?


1. 紙に円を書く。

2. 3分の1に分割してそれぞれの名前を書く。

3. シャーペンをくるっと回してペンの先にあった名前の奴が犯人な。



超シンプル。


俺たちは自分の名前を書き、瀬野はペンを持つ。


ペンは半時計周りに回転をし始めた。

時計の針を巻き戻すように、と言えば聞こえはいいが。



そしてペンは止まる。

その先端が指し示す名前は、



「楠本・・・お前だったのか」

「だから吉川だって」


俺じゃねぇよ。


ただ3人はその結果に納得した様子だ。


溜め息を吐いて俺は続ける。

「ランダムでも一応犯人ってなったわけだし、それでいいけど」

どうすればいいんだ?と尋ねた。


少し考えたのち、

「そうだな、俺の飲み物を買ってきてくれ」

瀬野は千円札を俺に手渡す。


釣りは取っといていいから、と言われたので、俺は駆け足で自動販売機へ向かった。





授業開始のチャイムが鳴る。


科目は数学。


楠本、空席。


「あれ、楠本くんはどこに?」


ガラッ。


丁度その瞬間、教室に戻ってきた。


楠本の手にはペットボトルが。

飲み物を買いに行って遅れたのか。


しかし彼が向かったのは自分の席ではなく、顔が怖い生徒として有名な瀬野の席。


瀬野は当たり前のようにそれを受け取ると、楠本は何事もなかったかのように自分の席へと戻っていった。




しばらくの間、瀬野がクラスメイトにパシリをさせているのではないか、という噂が先生の間で出回ったそうだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ