表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神凪 (カナギ) の檻 ―5歳で拾った美少年は、私を一生離さない執着魔王になりました―  作者: 神凪 永遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/4

言霊の檻、「まゆ」という名の繭

 神凪の森の雪が静かに溶けていくある日の午後。

 リュカは、邸宅の図書室の窓辺で、手紙に自分の名前を何度も書き付けていたまゆの手元をじっと見つめていた。


「……まゆ。まゆの名前、どうして平仮名なの? 森の外の人たちは、もっと別の文字を使っているのに」


 まゆは筆を置き、慈愛に満ちた漆黒の瞳を緩めた。


「……私の家系ではね、名前は『形』ではなく『響き』で授かるものなのよ。……まゆ。……かいこが自分を守るために紡ぐ、あの温かな殻と同じ響き。……外の冷たい風から、大切なものを守り、育むための場所。……それが、私の役割だと言い伝えられているの」


 リュカはその言葉を、咀嚼するように何度も心の中で繰り返す。


(……守るための、殻。……まゆ。……まゆ自身が、僕を守ってくれる『繭』だってこと…?)


 幼いリュカの胸の奥で、その響きは甘美な独占欲へと形を変えた。

 自分を救ったこの温かな「まゆ」。彼女が自分を育んでくれるなら、僕は一生、その繭の中から出たくない――。





 陽光がプリズムのように差し込む温室で、8歳になったリュカは手のひらの上に小さな虹色の光球を浮かべて見せた。


「……ねえ、まゆ。見て、これ。……僕の魔力、今日はこんなに綺麗に光ったよ」


 そのオパール色の瞳は、まゆに褒められることを確信している子供特有の無邪気さと、彼女の視線を一秒でも長く繋ぎ止めようとする必死さに満ちていた。

 この頃のリュカは、まゆの機嫌を損ねないように、彼女の愛を繋ぎ止めることに必死な、従順な「光」だった。


「……あら、本当。……凄いわね、リュカ。……貴方の魔力は、この森のどの花よりも鮮やかだわ」


 18歳、美しさを増したまゆは、作業していたハーブの束を置き、リュカの銀髪を優しく撫でた。

 彼女の漆黒の瞳には、かつて死にかけていた少年が、これほどまでに生命力に溢れ、自分を慕ってくれていることへの、深い安堵と慈愛が宿っていた。


「……えへへ。……まゆが喜んでくれるなら、僕、もっと練習するよ。……いつか大きな結界を作って、この森の誰も、まゆを邪魔できないようにしてあげる。」


 リュカはまゆの膝に頭を預け、猫のように喉を鳴らして甘えた。

 彼にとって、この森の邸宅の静寂こそが世界のすべてであり、まゆの掌から伝わる体温だけが、自分の存在を肯定してくれる唯一の証だった。


(……温かい。……まゆの匂い。……ずっと、このままでいたいな)


 しかし、その穏やかなリュカの内心には、時折、鋭い棘のような独占欲が顔を覗かせていた。まゆがふと窓の外を見たり、村からの使いの者が来たりするたびに、彼の虹色の魔力は無意識にトゲトゲしく逆立ち、周囲の草花を微かに震わせていたのだ。


「……リュカ? どうしたの、急に魔力が乱れて……」


「……なんでもないよ、まゆ。……ちょっと、風が冷たかっただけ」


 リュカは慌てて笑顔を作り、まゆの腰に腕を回して強く抱きついた。


「……ねえ、まゆ。……僕は、ずっとここにいてもいいんだよね?」


 まだ声変わりの前の、透き通るような声。リュカはまゆの膝に頭を預け、上目遣いにまゆの漆黒の瞳を覗き込みました。


「ええ、もちろんよ、リュカ。……貴方は、私の大切な家族だもの」


 まゆが優しく髪を撫でると、リュカは満足げに目を細めました。


 まだ「男」としての力を持たない少年は、自らを「僕」という弱々しい殻に閉じ込めることで、まゆの慈愛を独占し、彼女の庇護欲を煽り続けていたのだ。


(……いつか、僕がもっと強くなったら。……まゆを、この邸宅はこにわから一歩も出なくていいようにしたい。……まゆが笑う相手は、僕だけでいい。……まゆを、取られたくない……。)


 まゆは、自分の腕の中で震える少年の、その純粋すぎる祈りの裏側に潜む「猛毒」の萌芽に、まだ気づいていなかった。

 ただ、春の光に包まれた温室の中で、二人の影が重なり合い、一つの幸福な図式を完成させていた。




 リュカが「幸せ(光)」という名を与えられてから、5年の月日が流れた。


 10歳になったリュカは、あの日雪の中で死にかけていた仔犬のような面影を、驚くほどの速さで脱ぎ捨てていた。


 森の邸宅の庭。まゆが開いた青空教室で、リュカは膝の上に魔導書を広げ、熱心にペンを走らせている。陽光に透ける銀髪はまゆの手によって丁寧に整えられ、その肌は健康的な血色を帯びていた。


「……まゆ、この術式、解けたよ。見て、これで合ってるかな?」


 リュカが顔を上げ、期待に満ちたオパール色の瞳を向ける。かつて「化け物の証」と蔑まれたその虹色の輝きは、今や知性と、まゆへの無垢な慕情を映し出す宝石のようだった。


「ええ、完璧だわ、リュカ。本当、貴方は飲み込みが早いのね」


 まゆが優しくその頭を撫でると、リュカは嬉しそうに目を細め、甘えるようにまゆの掌に頬を寄せた。


(……ああ、心地いい。まゆの手、まゆの匂い。ずっとこうして、僕だけを見ていてほしい。まゆのその漆黒の瞳の中に、僕以外の不純物なんて一滴も入れたくないんだ。)


 リュカの胸の奥では、感謝という名の温かな感情の裏側で、どろりとした執着がとぐろを巻いていた。彼は本能的に理解していた。

 自分が「理想の息子」であり、「守りたくなる可愛い子供」でいれば、聖母のようなまゆは決して自分を離さないということを。



 だが、その平穏な仮面に亀裂が走る出来事が起きる。


 買い出しのために立ち寄った村の広場。リュカは、大人の女性としての美しさを増したまゆの背後に控えていた。


「……まゆさん、今日も綺麗だね。そろそろ、あんな出所不明のガキを育てるのはやめて、俺と所帯を持たないか?」


 村の若者が、下卑た笑みを浮かべてまゆの手首を掴もうとした、その瞬間。


 リュカの瞳が、一瞬にしてどろりと濁った。彼から放たれた目に見えない「魔圧」によって、周囲の気温が急激に下がり、地面の砂利が嫌な音を立てて浮き上がる。


(……汚ない手で、まゆに触るな。その薄汚い声を、まゆに聞かせるな。……殺してやる。今すぐ、その指を一本ずつ引き千切って、二度とまゆの名前を呼べないようにしてやる……っ!)


 10歳の少年にしては、あまりに苛烈で完成された「殺意」。


 リュカが指先をわずかに動かしただけで、若者の足元の地面に深い亀裂が走り、衝撃波が男の腕を弾き飛ばした。


「ひっ、……な、なんだこのガキ……化け物か!?」


 若者が恐怖に顔を歪めて逃げ出すのを、リュカは冷徹な眼差しで射抜いた。その指先には、今にも男の心臓を物理的に握りつぶしかねないほど鋭利に練り上げられた、虹色の魔力が渦巻いていた。


 邸宅に戻るまでの道中、二人の間に重苦しい沈黙が流れた。

 玄関の扉を閉めると同時、まゆは静かに、けれど毅然とした態度でリュカを振り返った。


「……リュカ。さっきのあれは何? あんな風に、無闇に村の人を怖がらせてはダメよ。魔法は、人を傷つけるために教えたんじゃないわ」


 まゆの漆黒の瞳に宿る、失望の光。

 それを見た瞬間、リュカの心臓は冷たい氷を飲まされたように凍りついた。


「……まゆ。……嫌い、になった……?」


 リュカは縋り付くようにまゆの腕を掴んだ。その瞳からは先程の殺意が消え失せ、あの日雪の中で拾われた時の、震える子供の眼差しに戻っていた。


「嫌いになんてならないわ。でも、貴方にそんな恐ろしい力の使い方をしてほしくないの。……約束して。もう二度と、あんなことはしないって」


 まゆが諭すようにその頬を包むと、リュカは必死に頷き、まゆの胸元に顔を押し当てた。


「……ごめんなさい、まゆ。……僕、まゆが触られるのが嫌だっただけなんだ。……もうしない。いい子にするから。……だから、捨てないで。僕を置いていかないで」


 まゆは、震える背中を優しく撫でながら、安堵のため息をついた。

 だが、リュカはまゆの腕の中で、そのオパール色の瞳を妖しく虹色に光らせていた。


(……分かったよ、まゆ。次はもっと、まゆに気づかれないようにやる。……まゆを汚そうとする不純物は、僕が全部、まゆの知らないところで消してあげるから)


 まゆはまだ気づいていなかった。

 自分が育てているのは今や「救われた少年」ではなく、自分を永遠の檻に閉じ込めるために牙を研ぎ続ける、美しき「愛の化け物」であるということに。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ