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神凪 (カナギ) の檻 ―5歳で拾われた美少年は、巫女を一生離さない執着魔王になりました―  作者: 神凪 永遠


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初めての抱擁、愛の質量

 深い深い眠りの後。

 窓の外の虹色の結界が、午後の柔らかな光を透かして室内にプリズムを描き始めた頃。


 まゆは、自分の胸元にある確かな温もりと、絶え間なく注がれる熱い視線に、ゆっくりと漆黒の瞳を開けた。


「……っ、まゆ! 気がついたのか。……気分はどうだ、どこか痛むところは……っ」


 案の定、一睡もせずに傍らに跪いていたリュカが、弾かれたように顔を覗き込んできた。

 リュカ美貌は、まだ少し血色を失っているが、そのオパールの瞳には、かつてないほどの慈愛と安堵が渦巻いている。


 まゆは、力の入りにくい腕で、胸に抱いた赤ん坊を愛おしそうに抱き直し、それから自分を見つめる「大きな子供」のような夫へと、心からの微笑みを向けた。


「……おはよう、リュカ。……大丈夫よ。貴方がずっと、守ってくれていたから……」


 まゆの掠れた、けれど鈴を転がすような優しい声。

 彼女は自由な方の手を伸ばし、リュカの頬をそっと包み込んだ。


「……ありがとう、リュカ。……私を独りにしないでくれて。……貴方がずっと手を握っていてくれたから、私、この子を無事に迎えることができたの。……やっぱり貴方は、最高のパパね」


「…………っ、…………」


 まゆのその一言、その感謝の微笑み。

 それが、一晩中張り詰めていたリュカの心を、一瞬で溶かした。


 まゆの手のひらに顔を押し当て、子供のように肩を震わせて咽び泣いた。耳元の漆黒のピアスが、まゆの慈愛に触れて、深く、誇らしげな闇を放つ。


「……感謝するのは、俺の方だ……っ。……まゆ。あんたが、俺みたいな化け物の血を分けたこの子を……こんなに愛おしそうに抱いてくれている。……あぁ、なんてことだ。俺、……世界で一番幸せ(リュカ)だ……」


 リュカは顔を上げ、涙で濡れた瞳で、まゆと、そして彼女にそっくりな漆黒の髪を持つ赤ん坊を、交互に見つめた。


 かつては「自分からまゆを奪う敵」だと恐れていたその小さな鼓動が、今は、自分を「一人の男」から「一人の父親」へと繋ぎ止める、何よりも重い愛の鎖へと変わっていた。


「……まゆ。あんたが命を懸けてくれたこの子を、俺、一生かけて守り抜くよ。……あんたのその笑顔も、誰にも、何にも奪わせたりしないからな」


 不敵に、けれど最高に幸福そうに口角を上げたリュカ。

 その瞳には、もはや過去の孤独な影はなく、ただ、二人の漆黒の天使のために生きることを誓った、誇り高き「最強の守護者」の光が満ちていた。







 まゆの温かな眼差しに促され、リュカはついに、自分の一生を懸けて守るべき「もう一つの漆黒」を、その腕で受け止める決意を固めた。


「……まゆ。……俺、大丈夫かな。壊してしまわないか、不安なんだ……」


 魔王のごとき峻烈な力を秘めたその両手が、羽毛のように軽い赤ん坊を前にして、情けないほどガチガチに緊張している。



「……ふふ、リュカ。そんなに肩を張らなくても大丈夫よ。この子は、貴方の魔力を一番近くで感じながら育ったんですもの。……ほら」


まゆは、強張ったリュカの腕を優しく下から支え、その導きを彼に委ねた。


 リュカはまゆの手から、そっと、世界で最も壊れやすい宝石を扱うような慎重さで、我が子を抱き上げる。


 リュカの腕の中に収まった瞬間、赤ん坊はふわりと小さな欠伸をし、彼にそっくりな虹色の残光を宿した漆黒の瞳を一瞬だけ覗かせた。


 その刹那、リュカの全身を、あの日雪の中でまゆに拾われた時と同じ、あるいはそれ以上の衝撃が駆け抜けた。


「……重い、な。……こんなに小さいのに、どうしてこんなに、……ずっしりとくるんだ……

……あったかい……。……まゆ、こいつ……俺の指を、握ったぞ……っ」



 リュカは赤ん坊の小さな背中を、自らの大きな掌で包み込んだ。

 自分とまゆの血が混ざり合った「命の重み」を腕に感じた瞬間、彼はその「愛の質量」に、魂ごと屈服させられたのだ。


小さな、けれど自分の凄絶な「侵食」の力を受け入れ、さらにその先を共に生きる新しい漆黒。


 耳元の漆黒のピアスが、父子の初めての接触を祝うように、鮮烈でいて穏やかな、至高の闇を放った。


「……あぁ、まゆ。……俺たちの愛は、……こんなに、重かったんだな。……あんたが俺にくれた愛が、今、俺の腕の中で、こんなに温かい形で息をしてる……」


 リュカは赤ん坊を抱いたまま、まゆの隣に寄り添うように座り直した。

 オパールの瞳からは、安堵と、父親としての誇らしさが入り混じった虹色の涙が零れ落ち、赤ん坊の産着を濡らした。


「……決めたよ。この重み、俺が一生、一秒も離さずに背負ってやる。……あんたのことも、この子のことも。……俺の命が尽きるその瞬間まで、絶対に地面に降ろしたりしない」


 不器用な、けれど誰よりも切実な「父親」としての宣言。

 まゆは、自分の愛した「孤独な少年」が、今、自分たちの結晶を慈しむ「最強の守護者」へと羽化したことを、眩い奇跡のように見つめていた。


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