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神凪 (カナギ) の檻 ―5歳で拾われた美少年は、巫女を一生離さない執着魔王になりました―  作者: 神凪 永遠


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過保護な騎士、至高の贖罪

 あの日、震えるまゆを抱きしめ、己の愚かさを呪いながら涙を流した朝から、リュカの献身は常軌を逸した次元へと突入していた。


「……まゆ、また顔色が悪い。……いいか、そのまま動くな。呼吸も俺に預けて」


 まゆを苦しめる激しい悪阻(つわり)は、リュカにとって、代われるものなら心臓を差し出してでも肩代わりしたい地獄だった。


 己の身体を、リュカは今、まゆを抱き上げるため、そしてまゆを冷やさないためだけの「生きた暖炉」として捧げていた。


「……リュカ、大丈夫よ。……少し、お水が飲みたいだけ……」


「座っていろ。いや、寝ていろ。……水なら、最高に澄んだ源泉のものを今、魔法で汲んできた。温度もあんたが飲みやすいように調整してある」


 リュカはまゆを羽毛のクッションで包み込むように寝台へ固定すると、自らコップを口元へ運び、一口ずつ丁寧に飲ませた。

 耳元の漆黒のピアスは、まゆの吐き気や眩暈に共鳴し、主の焦燥を鎮めるように深く、静かな闇を放っている。


「クッションの高さはこれでいいか? 足元が冷えないように、俺の魔力で室温を固定しておいた。……あぁ、まゆ。あんたの中にいる命が、あんたの体力を削っていると思うと……愛おしくて、同時にたまらなく憎たらしいよ」


「ふふっ……ありがとう、リュカ。……ごめんね、貴方に、こんなことまでさせて…」


「謝るな。……あんたをこんなに苦しめているのは、俺の半分でもある、この子なんだからな」


 リュカはまゆの青白い額に、慈しむような接吻を落とした。

 そして、まだ膨らみの目立たないまゆのお腹に、鋭くもどこか困ったようなオパールの瞳を向け、低い声で「牽制」を始めた。


「……おい、聞こえるか。……あんまりまゆを困らせるな。……あんたは、俺とまゆの『愛』のかたちだろう? だったら、お母様を大切にしろ。……産まれてくる前に嫌われたくなかったらな」


「……ふふ、リュカ。赤ちゃんが怖がってしまうわ」


 まゆが力なく笑うと、リュカは切なそうに眉を下げ、彼女の手に頬を寄せた。


「……怖いんだ、まゆ。あんたの小さな溜息一つで、俺、世界が崩れるような気がする。……前はあんたを閉じ込めたいと思っていたけれど、今は……あんたをこの苦しみから解き放てるなら、俺の魔力なんて全部枯れ果てたって構わない。」


 リュカは、まゆの指先を一本ずつ、汚れを拭うように接吻でなぞり続けた。

 邸宅全体を包む虹色の結界の波長を、まゆの体調に合わせて一分一秒ごとに微調整し、外界の音、光、匂いのすべてを、彼女の障りにならないよう完璧に遮断していた。


 それは、かつての「独占欲の檻」とは違う、一人の女性と、その中に宿る新しい命を全霊で愛し抜くための「至高の聖域」。


 まゆは、リュカの過保護すぎる献身に苦笑しながらも、彼が自分たちの「子」を、もはや敵ではなく、守るべき愛の結晶として受け入れていることに、深い安らぎを感じていた。


「……リュカ。……貴方がパパで、この子は本当に幸せね」


「……パパ、か。……あぁ、いい響きだな。……あんたにそう呼ばれるためなら、なんだってやってやるよ」


 不敵に、けれど最高に優しい眼差しで微笑むリュカ。


 荒れた海のような悪阻の日々は、皮肉にも、二人の魂を「夫婦」から「家族」へと、より強固に繋ぎ合わせていったのだった。







 季節が巡り、窓の外の虹色の結界が春の柔らかな光を透かすようになった頃。


 まゆを苦しめていた悪阻は嘘のように引き、代わりにそのお腹は、確かな生命の重みを湛えてふっくらと膨らみ始めていた。


 ある穏やかな午後。


 温室のソファで横たわるまゆの傍らに、リュカが、まるで神聖な儀式に臨む騎士のような真剣な面持ちで跪いていた。


「……まゆ。いいか、少しだけ触れるぞ。……嫌だったらすぐに言え」


「ふふ、リュカ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ほら、ここ」


 まゆが導くように彼の手を取り、自分のお腹の最も高い場所へとそっと置いた。


 リュカは、あの日雪の中でまゆに抱き上げられた時よりも激しく、その大きな掌を震わせた。耳元の漆黒のピアスが、まゆの穏やかな鼓動と、その奥でうごめく「未知の熱量」に共鳴し、深く、温かな闇を放っている。


 その時だった。

 ドクン、と。

 リュカの手のひらを押し返すような、小さくも力強い衝撃。


「…………っ!? ……ま、まゆ。今、……動いた。……俺を、蹴ったぞ。……あぁ、なんてことだ……っ!」


 リュカのオパールの瞳が、驚愕と、それに続く爆発的な歓喜に虹色を乱反射させた。弾かれたように顔を上げ、信じられないものを見た子供のように、あるいは奇跡を目の当たりにした聖職者のように、潤んだ瞳でまゆを見つめ返した。


「……聞こえる。……あんたの体の中で、こいつが……俺たちの『愛』が、……生きてる。……生きて、俺に触れたんだ……っ!」


 リュカはたまらず、まゆのお腹にそっと額を預けた。


 かつては「自分からまゆを奪う敵だ」と恐れ、拒絶していたはずのその命。けれど今、手のひらを通じて伝わってきたのは、自分とまゆの血が混ざり合い、新しい未来を紡ごうとする、この世で最も愛おしい音だった。


「……ごめんな、まゆ。……俺、本当に馬鹿だった。……こんなに愛おしいものを、いらないなんて……。……あぁ、……愛してる。……あんたも、この子も。……俺、一生かけて、あんたたち二人を……世界一甘い、この『楽園はこにわ』の中で守り抜いてみせるよ……っ」


 リュカは、まゆのお腹に誓いを刻むように優しく接吻を落とした。

 温室中の花々が、主の至高の幸福に呼応して一斉に色彩を増し、狂おしいほどの祝福の香りで邸宅を包み込んでいった。


 それは、かつての「独占欲の魔王」が、完全に「一人の父親」へと陥落した、あまりに静かで、烈しい幸福の午後だった。







 出産を目前に控えたある夜。


 邸宅の寝室は、まゆを夜風や騒音から守るために、リュカが編み上げた最高密度の虹色の結界で満たされていた。


「……ん……っ」


 大きくなったお腹の重みに、まゆが寝返りを打とうとわずかに身をよじり、シーツが微かな音を立てた、その瞬間。


「……っ! まゆ!? どうした、どこか痛むのか! 腹か?腰か? それとも、あいつ(胎児)がまた暴れているのか!?」


 隣で眠っていたはずのリュカが、弾かれたように跳ね起きた。そのオパールの瞳は、暗闇の中で鋭利な虹色の光を放ち、些細な変化も見逃さない鋭さでまゆを凝視している。


「ふふ、大丈夫よ、リュカ。……ただ、少し寝返りを打ちたかっただけ。……貴方、また一睡もしていないでしょう?」


 まゆが苦笑しながらその銀髪をなでると、リュカは安堵で崩れ落ちるようにまゆの隣に突っ伏した。耳元の漆黒のピアスが、主の激しい動揺を鎮めるように、ドク、ドクと深く、穏やかな闇を明滅させている。


「……眠れるわけないだろ。……あんたの呼吸が少しでも浅くなったり、心音が乱れたりするだけで、俺……自分の肺が握りつぶされるみたいに息ができなくなる」


 リュカはまゆの手を取り、自らの頬を寄せて、捨てられた仔犬のような眼差しで見上げた。


「……怖いんだ。……あんたがこの子を産むときに、どれほどの痛みに耐えなきゃいけないのか。……俺が、代わってやりたい。俺のこの魔力も、命も、全部あんたの痛みを消すために使えたらいいのに……っ」


 リュカはまゆのお腹にそっと手を添え、まるで自分の半分を分け与えるように、温かな魔力を絶え間なく流し込み続けた。

 リュカにとって、まゆの「痛み」は自分自身の「死」よりも恐ろしいもの。


「……いいか、お前。……あんまりまゆを苦しめるなよ。……産まれてきた瞬間に、お母様を泣かせた罪でたっぷりお説教してやるからな」


 お腹の中の我が子に本気で「牽制」を入れる、世界一過保護な父親。


 まゆは、彼のあまりに不器用で、けれど一点の曇りもない愛の質量に、心からの安らぎを感じていた。


「……大丈夫よ、リュカ。……貴方が側にいてくれれば、私はどんな痛みだって耐えられるわ」


 まゆがその手を強く握り返すと、リュカは祈るように目を閉じ、彼女の指先に誓いの接吻を落とした。

 それは、いよいよ訪れる「命の決戦」を前に、一人の騎士が最愛の主へと捧げる、最も純粋な献身の夜だった。


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