過保護な毒、甘美なる支配
「子供なんていらない。俺だけを見て、俺だけを愛して、俺の熱だけで生かされていろ。……あんたの全部、俺に頂戴。……死ぬまで、俺だけのものだ……っ」
あの拒絶の夜以来、リュカの独占欲は、もはや狂気と慈愛の区別がつかないほどの域に達していた。
リュカはまゆの口から「子供」という単語を二度と出させないよう、そして彼女の意識のすべてを自分だけで塗りつぶそうと、抗いようのない「甘い毒」でまゆを包み込み始めたのだ。
翌朝、まゆが目を覚ました時、そこには既に完璧に整えられた「至高の檻」があった。
「……おはよう、まゆ。今日は一歩も動かなくていい。あんたの足首を疲れさせたくないんだ」
逞しい身体で、リュカは寝台から出ようとしたまゆを軽々と抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだが、その腕の力強さは、もはや逃げ場を許さない鉄壁の聖域のようだった。
「リュカ……私、顔くらい自分で洗えるわ。そんなに甘やかされたら、本当にダメな人間になってしまう」
「いいんだな。あんたがダメになればなるほど、俺なしでは生きられなくなる。……それは、俺にとって最高の賛辞だ」
リュカは不敵に口角を上げ、まゆを抱えたまま邸宅内を移動した。
食事の際も、彼はまゆを自分の膝の上に乗せ、自らスプーンを運ぶという徹底ぶり。まゆが自分で手を伸ばそうとすれば、その指先を執拗に接吻で塞ぎ、自分の熱だけで彼女を満たそうとする。
「……見てくれ、まゆ。外はまた嵐だ。……でも、ここなら暖かいだろ? 俺の魔力だけが満ちた、あんたのための完璧な箱庭だ」
邸宅を囲む虹色の結界は、以前よりも高密度に、そして禍々しいほど鮮烈に発光していた。
リュカは、まゆが外の世界を、あるいは「自分たち以外の家族」を夢想する隙間さえ与えないよう、朝から晩まで彼女の耳元で愛を囁き、その肌に自分だけの印を刻み込み続ける。
「……まゆ。あんたのその漆黒の瞳に、俺以外の何かが映るのが耐えられないんだ。……あんたが俺を救ったあの日から、俺の頭の中はこれしかなかった。あんたを誰の目にも触れさせず、誰の声も届かない場所で、俺だけを頼りにさせて……俺の熱だけで生かしてやりたいってな」
リュカのオパールの瞳は、陶酔しきった虹色に燃え上がり、まゆを射抜くように見つめ返していた。
それは、かつて「お母さん」として慕っていた少年が、自分を救った女神を自らの毒で塗りつぶし、永遠に独占することを誓った「愛の魔王」の完成された姿だった。
まゆは、リュカのあまりに重すぎる、けれど誰よりも切実な愛の奔流に流されながら、確信していた。
このままでは、いつか彼自身が、その執着の炎で本当に焼き切れてしまう。
リュカを真の意味で救い、この危うい熱量を「安らぎ」に変えるためには、言葉以上の、婚姻以上のもっと残酷で美しい「契り」が必要なのだと。
「子供なんていらない。俺だけを見ていろ」とリュカが言い放ったあの日から、二年の月日が流れた。
二十歳で「魔王」としての独占欲を完成させたリュカは、その魔力も体躯も、神々しいまでの峻烈さを極めていた。
邸宅を包む虹色の結界は、今や外界の風の音さえも「汚れ」として遮断し、まゆは文字通り、リュカの熱量だけで満たされた、永遠の春が続く箱庭に閉じ込められていた。
この二年、リュカの執着は、年を追うごとに甘く、重く、まゆの自由を絡め取っていた。
彼はまゆがペンを持つことさえ、自分以外の誰かに言葉を綴るのではないかと疑い、その指先を執拗に接吻で塞ぐ。
「……まゆ。あんたのその漆黒の瞳は、俺の虹色を映すためだけにあるんだ。……余計なものを見なくていい。俺が、あんたの視界のすべてになってやるから」
リュカは、背後からまゆを抱きしめ、その首筋に顔を埋めて陶酔したように囁く。
彼は信じて疑いませんでした。まゆが自分の過保護な檻の中で、しなやかに、そして静かに、自分にだけ飼い慣らされていることを。
けれど、実はまゆは、リュカが深い眠りに落ちた深夜、あるいは彼が庭の結界をより強固にするために魔力を練り上げている僅かな隙間を突き、二年に及ぶ「秘密の背信」を続けていたのだった。
(……ごめんなさい、リュカ。貴方が私を閉じ込めるなら、私は貴方の『狂気』を閉じ込める鎖を編み上げるわ……)
暗闇の中、まゆは枕元に隠した一対の漆黒の魔法石を取り出す。
それは、自分の瞳と同じ、深く、吸い込まれるような闇を宿した石。まゆはそこに、毎日、一滴一滴、生命を削るように魔力を流し込み続けた。
一年目のあの夜、子供を拒絶し、泣き叫んだリュカの孤独。
その後の、自分を地面にも降ろそうともしなかった、歪なほど懸命なリュカの献身。
そのすべてを許し、包み込み、そして「鎮める」ための術式。
まゆの魔力には、リュカのような爆発的な破壊力はない。けれど、二年の歳月をかけ、彼女の穏やかな鼓動と、彼を愛し抜くという静かな覚悟を層のように重ねたその魔石は、今や「リュカの虹色の暴走を、一瞬で無力化するほど濃密な慈愛の結晶」へと変貌していた。
「……あともう少し。……三周年の夜には、貴方をこの色で守ってあげられるわ」
まゆは、宝石を握りしめ、隣で安らかな寝息を立てる「愛の化け物」の銀髪に、音もなく接吻を落とした。
リュカは、自分が編み上げた虹色の檻の中で、まゆが自分を逆に従わせるための「漆黒の契約」を完成させつつあることなど、夢にも思っていなかった。
ふたりの日常は、表面上はどこまでも甘く、穏やかな蜜月。
けれど、その水面下では、まゆの「漆黒」が、リュカの「虹」を飲み込むための準備を、着々と終えようとしていたのだ。
婚礼から三度目の冬が訪れようとしていた、ある深夜のこと。
邸宅を包む虹色の結界は、主であるリュカの昂ぶる独占欲を反映し、窓の外の雪を寄せ付けないほどの熱を放っていた。
寝室の柔らかな天蓋の下、まゆは穏やかな寝息を立てて深い眠りに落ちている。その傍らで、誰もが見惚れるほど美しい貌を月光に照らされたリュカは、一睡もすることなく、ただじっとまゆの寝顔を見つめ続けていた。
(……ああ、まゆ。あんたは、どうしてこんなに無防備なんだ。……俺がこれほど、あんたを飲み尽くしたいと渇望しているというのに)
リュカは、まゆの細い指先を一本ずつ、壊れ物に触れるような繊細さで、けれど執念深く自分の唇に寄せた。
昼間の彼は、不敵な笑みを浮かべてまゆを略奪し、囲い込む「魔王」だ。しかし、彼女が瞳を閉じているこの一時にだけ、彼は五歳の時に雪の中で震えていた「孤独な拾い子」へと戻ってしまうのだった。
「……まゆ。……もし明日、あんたが目を開けなかったら……」
リュカは、まゆの薬指に刻まれた自分の魔力の痕跡をなぞりながら、誰にも聞かせられない、消え入りそうな声で呟いた。
「……俺は、この世界を虹色の塵に変えて、俺自身も消えるよ。……あんたのいない世界で、俺だけが生きているなんて、そんな悍ましい地獄には一秒だって耐えられない」
リュカのオパールの瞳は、暗闇の中で悲痛なほど鮮烈な虹色に揺れていた。
彼の「重すぎる愛」は、支配欲ではない。それは、自分という存在を繋ぎ止める唯一の錨であるまゆを失うことへの、凄絶なまでの恐怖と祈りだった。
「……お願いだ、まゆ。俺を、一人にしないでくれ。……あんたが俺を拾ったんだ。……最後まで、俺のこの呪いに付き合ってくれよ」
リュカはまゆの首筋に鼻先を寄せ、その鼓動を確かめるように深く、深く顔を埋めました。
眠れる女神には、この「魔王」のあまりに脆い独白は届かない。
けれど、まゆは無意識に、リュカの銀髪を優しく撫でるように手を動かした。その僅かな反応だけで、リュカの絶望は一瞬で浄化され、再び、彼女を永遠に独占するための「最強の魔導師」としての顔を取り戻すのだった。




