ハロウィンだから召喚魔術でヴァンパイアを喚びたかったのですが、現れたのは血が苦手なヴァンパイア(仮)でした
──薄暗い部屋には紫に発光する蝋燭が所狭しと並び、少し開けた空間には、黒い生地のヘタレたとんがり帽子を被った、これまた真っ黒いワンピース状の服を着た小柄な少女が、血で描かれた魔法陣になにか呪文をブツブツと呟いている。
『我が血において命じる──、血を活欲せし闇の一族よ、魔界より来たれ──!』
詠唱が終わると共に魔法陣が眩い光に包まれ、少女の金髪が風にあおられ、大きな影が出現した。
少女は余りの眩しさに思わずその緑の眼を瞑っていたが、明らかに異質な気配を感じ取ってゴシゴシとまぶたを擦り、閉じていた眼を開ける。
そこには、黒い外套に身を包み、見事な白髪をオールバックに纏め、紅い眼に口からは長い牙が覗く、逞しい身体付きの大男が立っていた。
「やった!成功したわ!ようこそヴァンパイアさん、アタシはロッテ!貴方の召喚主よ!」
ロッテは無邪気に笑いながら、魔法陣を書くために血塗れになった手を、握手するためにヴァンパイア(仮)に伸ばした。
だが、ロッテが幾ら待ってもヴァンパイア(仮)は動かない。
「?、……ちょっと、どうしたのよ?」
微動だにしないヴァンパイア(仮)に向けて、ロッテは再度血に濡れた手をずいっと彼の目の前にかざす。
「ひいぃぃぃ──!?血ぃぃぃ──!!」
瞬間、大男は叫び声をあげて後ろに大きく後退った。
積んである本や蝋燭が一息に倒れ、小さな部屋の中は大惨事になる。
火が本に一気に燃え移り、大男の着ているマントに点火する。
「ちょっとアンタ、何してんのよ~!?早く火を消して!ヴァンパイアならそれくらい出来るでしょ!?」
「出来ません出来ません!!私はヴァンパイアの中でも生粋の血嫌い!今まで養分を採ってきていないので、大した魔法も使えないんです!」
「はー!?ってか、あっつい!とにかく水!水を運ぶわよ!!」
──それから、ロッテとヴァンパイア(仮)は奮闘し、何とか部屋を鎮火させたが、沢山あった本は跡形も無く灰になり、部屋の中はすすで汚れ、それはもう燦々たる有様だった。
「あぁ……、マザーにもグランマにも確実に怒られる……」
ロッテの家は魔女の末裔の一族。
末裔というだけで、実際に魔法は使えないはずなのだが、何故かこの日のロッテの召喚魔術は成功してしまい、隣に所在なさげに立っている、筋肉だけがとりえの大男が召喚されてしまったのだ。
ロッテが召喚魔術を使ったのは、代々受け継がれている山小屋の中で、幸い川が近くにあった為、小屋が燃えるだけで済んだ。
だが、ロッテ的には全然よろしくない。
ご先祖様の話を聴いて育った少女は、いつか立派な魔女になるのを夢見ており、自分も魔法を使えるようになる為に、山小屋の本に書いてある様々な事を試してきた。
もうすぐハロウィンの季節というのもあり、今年こそは魔法を成功させ、ヴァンパイアを使役して皆に自慢するのだと息巻いていたのに……。
「ねぇ、アンタ、本当に魔法も使えないし血が苦手なの……?」
ロッテの問い掛けに、ヴァンパイア(仮)は大きい身体を小さくして頷く。
「はぁ……。じゃあもう帰っていいわよ。こんなんじゃアンタを見せたら余計に大事になって怒られるわ……」
しかし、ヴァンパイア(仮)はその場から動かない。
「……れません」
小さな呟きに、ロッテは、はぁ?と耳をそば立てる。
「自力では帰れませんんん──!!」
大男の多きな悲鳴が山に響き渡る。
意味を咀嚼したロッテは頭を抱えた。
血を飲んでいない、魔法が使えない、つまりはこの男、自分で魔界に帰る力すら無いのだ。
帰してやりたくても、魔術書には召喚の仕方しか書いてなかったし、契約を終えたら魔族とは勝手に消えるものではないのか?
「アンタ、本当にいい加減にしてよ!何だったら出来るの!?」
すると、大男はもじもじと指を擦り合わせて答える。
「えっと、手芸や園芸なら得意です。男なのに恥ずかしい趣味だって言われますごめんなさい」
謝る所はそこではない。
だが、どちらもロッテには出来ない事なので、少女は素直にヴァンパイア(仮)を褒めた。
「なんだ、出来る事あるんじゃない。どっちも器用じゃないと出来ない事よ、凄いわ」
初めて褒められたのか、大男は頬を染めながら涙ぐむ。
「ちょっと!泣かないでよ!アタシが悪者みたいじゃない!」
「だっ、だって……、褒めてもらえるとは思わなくて……」
めそめそとしながら顔を覆う大男に、ロッテは溜め息を吐きながら名を尋ねた。
「はぁ……。まぁいいわ。アンタ、名前なんて言うの?」
「ブラッドと言います!」
「ブラッド……。一予前に名前だけはヴァンパイアらしいのね……って、何!?」
ロッテが名前を呼んだ瞬間、ブラッドとロッテの身体が黒いもやで包まれる。
慌てる少女と大男のお互いの手に、なんと蜘蛛の巣の様な刻印が現われた。
「何これ!?」
ブラッドは、しまったという様にロッテの顔を見て青ざめている。
ロッテもまた、何となく意味を悟って顔をひきつらせた。
「もしかしてこれ……」
「もしかしなくても契約印です……ごめんなさい!!」
謝られてもどうしようもできない。
どうやら召喚主であるロッテがブラッドの名前を呼んでしまった事で、契約が結ばれてしまったらしい。
「事前に知ってたはずでしょ!?何で名前を言う前に気付かなかったのよ~!!」
ポカポカと厚い胸板を叩くロッテに、ブラッドはめそめそしながら謝る。
「ごめんなさい!名前を聞かれたら答えるのが礼儀だと思って!」
「そういう礼儀は置いときなさいよ!で、どうやったらこの刻印は消えるのよ?」
「契約主の願いを遂行したら消えます」
だが、願いと言ってもロッテは召喚魔術を行っただけで、ブラッドに何も願ってはいない。
「アタシ、アンタに何も願い事なんてしてないわよ。こういう場合はどうする訳?」
静寂が満ちた後、ブラッドは恐々答えた。
「ごめんなさい、知りません……」
ロッテは流石に泣きたくなった。
目の前の大男は、オトメン、ポンコツ、キンニクの三拍子揃ったヴァンパイア(仮)らしい。
だが、ロッテが勝手に召喚魔術を使ったのもまた事実。
持て余す怒りをなんとか収め、ロッテはブラッドに向き直った。
「こうなったら仕方ないわ……。アタシが責任を持ってアンタを何とかする。今夜は幸いハロウィンだし、その格好で街に出ても違和感はないわ。街で情報収集をしましょう」
──ハロウィンの飾り付けがされた街は、いつもと違って妖しい雰囲気に包まれていた。
所々にジャックオーランタンが飾られ、家や店にはコウモリやオバケを模した装飾が沢山付けられている。
街人は皆、オバケや魔女、死神といった思い思いの仮装をしていて、小さな子供はお菓子を貰いに、色んな家に突入していっている。
ロッテはこのハロウィンの雰囲気が大好きなのだが、隣でビクビクと身を震わせているブラッドは違う様だ。
「……アンタ、まさか怖いの?」
「はひぃ!こ、ここ怖いです!!」
「普段魔界に住んでるんでしょう!?なんで怖いのよ!」
「ひ、引きこもってるんですぅぅぅ!!」
呆れた事に、魔界自体がブラッドに合っていないらしい。
「アンタ、産まれる場所間違えたんじゃないの……?」
「自分でもそう思います……」
じとっとした眼で見るロッテから、ブラッドは視線を逸らした。
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