魔女の話
カンナは魔女だ。魔の森に母と、小作人の夫婦それに小作人の子どもとのたった五人で住んでいる。
魔の森には金竜も居て、カンナの遊び相手になっている。
金竜は一千年を超える寿命があると言う。以前この森とは違う場所からここに移り住んだときに、一緒におばあさまに付いてきたそうだ。
カンナの種属はこの世に母と二人しか残っていない。
おばあさまが生きていた時代には百人居たそうだが、彼等のいた大陸で魔力を使いすぎて、枯渇して仕舞ったそうだ。
発達した魔法文明が、魔女の造る哲学者の石を欲しがり、そのせいで魔力が枯渇したのに、魔女のせいにされてしまった。魔女は人から追われ殺されて仕舞ったのだ。
命からがらこの大陸に辿り着き、この森に逃げ込んだおばあさまは、お母様に言ったそうだ。
「森の魔力を吸いすぎないように細々と生きるしか道は無い。子は一人だけしか造ってはいけない。子が増えれば、また魔力を吸いすぎて人に殺されて仕舞うのだから。このまま私達は滅びる運命なのかも知れないね」
小作人は島の中に小さな畑を造ったり、人の街へ行って細々とした用事をかたづけてくれる。彼等は普通の人間だが、魔女のために働いてくれているのだ。
彼等は森に迷っていたところを母に救って貰ったと言うが、実は母の精神魔法の奴隷だ。決して裏切らない隷属を掛けられている。
人間は魔女を見ると皆逃げて仕舞うのだから。
「カンナ、小作人の子に隷属魔法を掛けさせてあげる。練習台よ」
小作人の子はカンナと兄弟のように育った。だから、彼に掛けた隷属魔法は弱くしてある。彼は、カンナと一緒に学び魔法を使えるようになっている。本当は教えてはいけないものまでコッソリ教えてあげるのだ。
弟のように可愛がっているのだもの。小作人の子ロンは、街へ行った話をしてくれる。森の外へ行けないカンナのために、色々なものも買ってきてくれるのだ。
「カンナ嬢様、この石をおらにくれたら、もっと沢山お土産を買えます。おらに少し分けてくれ」
「良いけど、お母様には内緒よ」
哲学者の石は魔女の食事のようなものだ。一年に一度か二度食べる美味しいごちそうだ。何時もはロン達が作る野菜のスープや、周りに漂って居る魔力で済んでいるが、偶には大きな美味しい魔力を食べたいのだ。金竜も同じだった。
金竜は哲学者の石が食べたくて、お母様にお手伝いをする。魔獣や魔物を狩って持ってきてくれるのだ。
この屋敷はおばあさまが空間魔法で、以前住んでいた屋敷を持ってきたのだそうだ。母もカンナも空間魔法は使えない。おばあさまのような力は、無かった。おばあさまは偉大な魔女だった。沢山の魔力を持っていて総ての魔法が使えたのだ。だけど、母を産むとき、魔力を少ししか使わなかった。そのせいで母の魔力も属性も、闇だけしか使えなくなってしまった。
カンナが十五歳くらいの頃母が死んだ。魔女特有の病気だったらしい。小作人の夫婦は、母が亡くなると同時にいなくなってしまった。残されたのは、カンナと小作人の子ロンだけだった。
「まだ、闇の収斂も教えて貰っていないのに。お母様、何故死んでしまったの」
カンナは余り魔法が得意で無かったし勉強は嫌いだった。文字も少ししか知らない。何時も母に手取り足取り教えて貰っていた。これからは書庫に籠もって、勉強しなくては生らなくなった。
それから十五年、頑張った甲斐があり文字も何とか分かるようになってきた。
魔の森はその間少しずつ大きくなっている。魔力が溢れてきて、魔獣が増えて来た。ロンが、
「カンナお嬢様、魔獣が増えすぎて街まで行くのに大変です。また、あの石をくだせぇ。そうすればおら、街まで頑張っていくだ」
「石はもう少ししか残っていないのよ。でも、分かった私やってみる」
金竜の助けもあって闇の収斂が出来る様になった。出来た石をロンに見せると
「おら、街へ行って売ってきますだ」
ロンに五個ほど持たせて街へ行って貰う。服もぼろになってしまったし、野菜も採れなくなったし、ロンに買ってきて貰わなければカンナはどうしようも無かった。
ロンは毎回石を要求するようになった。石でものが買えるのは嬉しいけど、あまり森の魔力を吸収すると森が小さくなりすぎて、ここに住めなくなってしまう。
中々石を渡さないカンナにロンはある提案をした。
「カンナお嬢様。王子様に会ってみたくないですか? それはそれは綺麗な顔立ちの男ですよ」
王子様がなんなのかよく分からなかったが、ロンが言うのだから間違いないだろう。会ってみようかしら。
三十五歳まで一人でここに居るカンナは、人恋しかったのだ。
王子がこの魔女の屋敷に来た。何という美しい顔。綺麗な黄緑色の髪に濃い緑色の目。魔だ少年の華奢な身体付きの王子にカンナはとりこになった。
全く世間を知らないカンナは、王子の言うままだった。
「カンナ、君の造る石を僕にくれないか。とても綺麗な石だから」
それからは森のことなど気にしなくなった。せっせと哲学者の石を造り王子に貢ぐことになった。
知らない間に森は小さく狭くなってしまったのに。森の魔力が少なくなり、カンナの体力も弱くなった。
「このままでは私は魔女の血を残すこと無く死んで仕舞う」
母に教えて貰った、子を造る秘技を試すことになった。カンナは子が出来たことを王子に話すと、王子は、
「気味の悪い魔女の子どもなどいらない」
そう言って二度と魔の森には来なくなってしまった。
カンナは独りぼっちで屋敷に取り残されてしまった。ロンもこの頃は滅多にここに居ない。どこに居るのだろう。
そんなある日、ロンが久し振りに帰ってきた。
「王子様からのプレゼントを持ってきました」
ロンはそう言って、ワインをカンナに渡した。カンナは嬉しくなってワインを飲み干したのだ。毒入りだと気が付いたときにはもう遅かった。
深い悲しみ。恨み憎悪がカンナの中に渦巻いた。死に際の呪いをカンナに代わって言ってくれたのは誰なのか?
――ありがとう。誰か知らない方。これで心置きなく母の元へ行ける。
カンナの死骸の側にはロンが立っていた。
「やっとおらは自由になれた。カンナお嬢様、おらは、おめえが気持ち悪かった。目玉が一つの化け物。王子はよくこんなのと出来たもんだ」




