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最後のチャンスを潰したのはあなたでしょう?


「マリー、今すぐ離婚しよう。事業の権利を取るか娘を取るか、どちらか選べ!」


「……え?」



 熱を出した娘エレノアの看病をしていたマリーは、突然部屋に入ってくるなり離婚を申し出た夫をゆっくり見上げた。

 夫の横には、やけに露出の多い服を着た見知らぬ女性が立っている。


 

「アレック……それはなんの冗談?」


「冗談じゃない。お前と離婚して、俺はキャロラインと再婚するんだ!」



 キャロラインと呼ばれた女性は、わざとらしく微笑みながらアレックの腕に絡みついた。

 まだ離婚していない妻の前だというのに、ベッタリと体を密着させている。



(まあ、なんてはしたない)

 


 子爵家同士の政略結婚で、最近は仕事上の会話しかしていない冷めた夫婦関係だったため、そんな2人を見てもマリーの胸は痛まなかった。

 ただただ、夫への軽蔑の気持ちが膨れ上がっただけだ。



「そう……わかったわ。離婚に応じましょう。でも、娘か事業を選べというのは? この事業は2人で始めたものでしょう? 多少なりとも分けるべきだわ」


「ふん。この国では、離婚したら父親が親権を持つことになってるのを忘れたのか? それでも俺は、愛しい娘をお前に譲ってやると言ってるんだぞ。事業の全てを捨てるくらいの価値はあるだろう?」


「…………」



 譲ってやる? 最初から引き取る気なんてないくせに──そう言おうとして、マリーは口をつぐんだ。

 すぐそばに、熱で苦しみながらも意識のある娘がいるからだ。


 1年前に始めた事業が大成功し、一気に富豪になった子爵家。

 夫は金遣いが荒くなり、毎晩遊び歩いては朝方帰るの繰り返し。娘と会話をしたのなんて、いったいいつ以来なのか。


 

(病気の娘の前に愛人を連れてきて、離婚を申し出る。そんなみっともないマネをしておきながら、愛しい娘だなんてよくも言えたわね……)



「さあ、どっちを選ぶんだ!? マリー。お前に好きなほうを選ばせてやろう」


「……私が娘を選んだら、あなたはすんなりと娘を手放せるの?」


「もちろんだ。それがお前の望んだことならな。それに……キャロラインのお腹には、もう俺の子どもがいる。エレノアはお前にくれてやろう」


「くれてやるだなんて言い方、しないで」



 冷たく言い放つと、夫は愛人と目を合わせてわざとらしく肩をすくませた。

 マリーが絶対に子どもを選ぶとわかっているからこそ、この男はこんなにも余裕そうにしているのだ。



(ここで事業を選んで2人を慌てさせたいところだけど……嘘でもエレノアの前でそんなことは言えないわ)



 マリーは、涙目で自分たちを見つめているエレノアの頭を優しく撫でた。

 まだ7歳のエレノアの前でこんな話をするなんて、と夫と愛人に怒りを覚える。



(万が一でも私が事業を選ばないよう、エレノアが熱で弱っているときを狙ってきたのね。本当に最低な男……)



「……私はエレノアと離れないわ」



 そう答えると、夫アレックはニヤッと笑って手に持っていた用紙をマリーに投げつけた。

 床に落ちたその用紙には、『離婚協議書』と書かれている。



「お前ならそう答えるとわかっていた。もうその内容で離婚協議書を作ってある。それにサインをしろ」


「……準備がよろしいことで」



 莫大な財産を産む事業を独り占めして、邪魔な妻と娘を追い出して愛人と暮らす──なんとも素晴らしく自分勝手な男。

 悔しさで用紙をビリビリに破いてやりたい衝動に駆られたけれど、なんとかそれを理性で止める。


 マリーは用紙を拾い上げるなり、近くのテーブルに置いてあったペンでサインを殴り書きした。



「ははははっ! これで全ての金は俺のものだ! お前たちはこれからどうする? 泣いてお願いすれば、数日はここにいさせてやってもいいぞ」


「……実家に帰るので結構です。荷物をまとめたらすぐに出ていきます」


「こんな熱を出した子どもを外に連れ出すなんて、お前はひどい母親だなぁ」



 はははっと高笑いしているアレックと愛人を蔑むような目で見つめ、マリーはクスッと小馬鹿にするように笑った。

 アレックの眉が、不快そうにピクッと動く。



「あら。クズの父親よりはマシだわ」


「なんだと!?」


「空気が汚れるから、早くこの部屋から出ていって」


「この……っ! 事業が成功してから毎月送っていたお前の実家への援助、もちろん打ち切らせてもらうからな!」


「結構です」



 マリーが冷たく言い放つと、アレックはフンッ! と鼻息を荒げながら愛人と共に部屋から出ていった。

 最後に勝ち誇った顔をしていた愛人の顔が、なんとも憎らしい。



「ふぅ……」



(つい強気に言い返してしまったけど、援助がなくなったら実家の事業も危うくなってしまうわ。私も手伝うつもりだけど、大丈夫かしら……)



 アレックから離れ、冷静になっていくほど不安が大きくなっていく。

 家族のためにプライドを捨て、少しはあの男に媚びたほうがよかったのかと後悔しそうになったとき、エレノアが小さな声を出した。



「ママ……しんぱいしないで」


「……え?」


「だいじょうぶだから」


「…………」



 両親の離婚話を聞いていたというのに、父親が自分を見捨てたのを見ていたというのに、なぜかエレノアはニコッと微笑んでいる。

 先ほどまでの涙を浮かべたエレノアは見間違いだったのかと思うほど、今の彼女はとても嬉しそうだ。



(父親の最低な姿を見て、子どもながらに見切りをつけたのかしら。……まあ、いいわ。早くこんな家から出ましょう)



「エレノア。つらいかもしれないけど、馬車に乗って移動できる?」


「うん。早くおばあちゃまのおうちに行きたい」


「そうね。じゃあ、急いで荷物をまとめてくるから、ここで少し待っててね」


「うん」



 笑顔のエレノアに救われて、マリーは使用人に手伝ってもらい、急いで自分とエレノアの荷物をまとめた。

 まだ熱のある娘を抱き上げて家を出ようとしたとき、挑発するような笑い声とともに、アレックと愛人がマリーの前に現れた。



「なんとも惨めだな、マリーよ。お前がもう少し可愛げのある女なら、俺ももっと優しくしてやったものを」


「……娘への最後の言葉がそれでよろしいのですか?」


「娘? ああ……もうエレノアは俺の娘ではないからな」


「…………っ!」



(エレノアの前で、なんてことを……!)



 マリーがカッとしてアレックを怒鳴りつけようとしたとき、エレノアがひょこっと顔を覗かせた。

 弱々しい声で、すがるように自分の父親に声をかける。



「パパは……エレノアと会えなくなってもかなしくないの?」



 なんともいじらしい7歳娘の問いかけに、アレックは引き攣るように片方の口角だけを上げた。

 まるで下賤の者を見るような目つきで、エレノアの質問に答える。



「悲しくなんてないさ。俺には、もう新しい妻も子どももいるからな」



 そう言って愛人のお腹をさすっているアレックを、マリーは思いっきり睨みつけた。

 エレノアを抱いていなかったなら、きっと力いっぱいの平手打ちを喰らわせていたことだろう。


 これ以上こんな父親と会話させるのも可哀想だと思い、マリーはエレノアを抱く腕に力を込め、スタスタと馬車に向かった。

 腕の中でエレノアがクスッと笑っていたことに、マリーは気づいていなかった。




 *




 突然娘を連れて実家に帰ってきたマリーを、両親は責めることなく温かく出迎えてくれた。

 たまに会ったときのアレックの態度の悪さが気になっていたらしく、離婚した事実にホッとしていたほどだった。



「あの男、いつもマリーをバカにしていて気に入らなかったんだ。離婚してよかったよ。無理に結婚させて悪かったな」


「いいの。そのおかげで、エレノアの母親になれたんだもの。でも……毎月の援助がなくなってしまったわ。どうしよう……」


「気にすることはない。援助がなくてもやっていけるくらいには順調だ。ロジェ様が、うちと連携できる新しい事業を始めてくださったからね」


「ロジェ様って……あのクリントウッド侯爵家の?」


「ああ。今日もそろそろ来るはずだよ」



 久しぶりに聞いた名前に、少しだけ心が躍る。

 ロジェ・クリントウッドは、父の友人の息子でありマリーの初恋の相手だ。

 彼が海外留学中にアレックと結婚してしまったため、ここ数年は顔を合わせてもいない。



(ロジェ様は今でもうちに協力してくださっているのね。相変わらずお優しい方だわ)



「マリー!?」


「!」



 そんなロジェの姿を思い出していたマリーは、突然聞こえた自分を呼ぶ声にピクッと体を震わせた。

 振り返らなくても誰だかわかる、懐かしい声。

 部屋の入口で、黒髪の見目麗しい男性が目を丸くしてマリーを見つめている──間違いなくロジェだ。



「……ロジェ様」


「なんでマリーがここに? 仕事が忙しくてなかなか帰ってこないって聞いていたのに……」



 まるで本物かと疑うかのようにジロジロ見てくるロジェの姿に、マリーは吹き出しそうになってしまった。

 きちんと挨拶しようと、座っていた椅子からゆっくり立ち上がる。

 


「お久しぶりです、ロジェ様。実は、離婚して戻ってきたのです」


「離婚!? だが、君には娘がいるんじゃ……」


「ええ。娘と一緒に戻ってきました」



 少し離れた場所にある長ソファに座り、マリーの母親に絵本を読んでもらっているエレノアに視線を送る。

 不思議なことに、馬車に乗った途端エレノアの熱が下がったのだ。

 今はご機嫌な様子で祖母に甘えている。


 本来父親が取るべき親権をマリーが持っていることで、ロジェはあからさまに眉を顰めた。



「親権をもらえたのか? まさか、何か条件を?」


「……事業の全ての権利を」


「……あの男……」



 まるで舌打ちでもするかのように、ロジェの顔が苦々しく歪む。

 マリーの父同様、ロジェもアレックのことをよく思っていないのだろう。



(久しぶりの再会なのに、心配をかけてしまってるわね。もうアレックとは関係ないんだし、話を変えなきゃ)



「これからは、私もお父様の仕事を手伝います。うちの事業は前の家でやっていたことと同じだし、私でもきっと役に立てると思います」


「ああ。それは助かるよ。ロジェ様とマリーがいれば、きっとさらに業績が伸ばせるはずだ」



 はははっと明るく笑う父親を見て、マリーもニコッと微笑む。

 マリーが落ち込んでいるわけではないとわかったのか、ロジェも安心したように表情を緩ませた。



「だが、マリーたちの事業はこの業界ではトップクラスだ。あれほど質の高い魔石を、どこで手に入れているんだ?」


「あれは……」



 マリーの実家、そしてマリーがアレックと一緒にやっていた事業は、主に魔石を扱うものだ。

 長くあるこの業界で、始めたばかりのマリーたちの事業が大成功をおさめたのは、次々に質の良い魔石を販売できたからである。

 その質の良い魔石のおかげで、一気にトップクラスの富豪になれたのだ。



(アレックには誰にも言うなって言われてたけど……もういいわよね)



「実は、子爵家の家の中で見つけたのです」


「は?」



 父親とロジェの声が重なる。

 そういった反応になるとわかっていたので、マリーは早口で事情を説明した。



「魔石が家の中にできるなんてありえないって、私もわかってます。でも、本当なんです。地下室に、魔石がたくさんあって……なぜか、採っても採ってもまた増えていくんです」


「そんな……バカな話が……」


「やっぱり信じられませんよね……」



 シュンと落ち込んだマリーを見て、父親とロジェがあわあわと慌て出す。

 なんとかフォローしようとしたとき、祖母と絵本を読んでいたはずのエレノアが3人のところにやってきた。



「このおうちにもあるよ」


「えっ?」


「こっち。エレノアがあんないしてあげる」



 エレノアはマリーの手を掴むなり、グイグイと部屋の外へ行こうと促してくる。

 子どもの遊びに付き合ってあげたほうがいいのかと迷っている父親に向かって、マリーは真剣な顔で声をかけた。



「実は、子爵家の魔石を見つけたのもエレノアなんです。少し前はただの物置だった場所が、急に……。だから、もしかして今回も……!」


「……!」



 半信半疑ながら、みんなで目を合わせてエレノアについて行くことにした。

 ここ数年来ていなかった実家だというのに、なぜかエレノアは迷うことなく地下に向かって進んでいく。



「エレノア。どうしてこの場所を知って……」


「あったよ。ほら、ここ」


「……えっ?」



 そこは、曾祖父が好きだった大量の本を保管している部屋だった。

 奥の空いた部分に、青く光る魔石が見える。



(本当にうちの地下にも魔石が!? しかも、この輝き……子爵家の魔石よりも眩しいような……)



「これはすごい……! こんなに輝く魔石、初めて見た! これはすぐに魔力を調べてみないと!」


 

 そう叫ぶなり、マリーの父はエレノアを思いっきり高く抱き上げた。そのままクルクル回りながら、ずっとエレノアを褒めちぎっている。

 マリーとロジェは、ポカンとしながら地下の床から生えている魔石を見つめた。



「すごいぞ、エレノア!! エレノアは幸運の女神だ!」


「あははっ。うれしいな」



 楽しそうな祖父と孫の姿を横目に、ロジェがこっそりとマリーに話しかけた。

 今の状況がまだ信じられないらしく、声が少し上擦っている。



「こんな……床から魔石が生えているなんて、初めて見た……。どうなっているんだ?」


「子爵家もこれと同じでした。でも、この床……前はこんなに白くなかったような。なんだか、床全体が違うものになってしまったような気がします」


「床が変わった? そんなことが……」



 その後、ここにある魔石は全部本物の魔石で、今までに発見されたものの中で1番の魔力を持っていると鑑定された。

 なぜここに魔石があるとわかったのかとエレノアに尋ねたが、「なんとなく」という答えしか返ってこなかった。



(エレノアがいるところに、魔石が発生してる……?)



 マリーがそんな疑問を持った数日後──家に、アレックと愛人が押しかけてきた。




 *




 その日、エレノアは2階の窓からアレックの馬車が来たことに気づき、ニヤッと口角を上げた。

 馬車から降りてきたアレックと愛人は、今にもドアを蹴破りそうなほどに怒っている様子だ。



(思ったよりも早かったな)



 そう考えながら、髪と服を整えて1階に向かう準備をする。


 

(あの男の絶望した顔を見るのをずっと楽しみにしていたのだから、しっかりとした身だしなみで向かうとしよう)

 


 まだ7歳の少女エレノアは、実は大魔女の生まれ変わりだった。

 記憶と魔女の能力を持ったまま転生したエレノアは、その事実を隠し、普通の子どもとして今まで過ごしてきた。


 いつでも自分を優先してたくさんの愛情を注いでくれた母マリーに少しでも楽をさせてあげたくて、エレノアはこっそりと家の地下に魔石を発生させた。

 そのおかげで家の事業は大成功したが、母マリーの幸せは逆に遠のいてしまった。


 仕事をほぼマリーにさせて、遊び歩く父親。

 裕福になるほどマリーに冷たく接するようになった父親に、エレノアは怒りを抱いた。



(なぜこのような男に好き勝手させるのか……! さっさと離婚すればいいものを!)



 マリーの離婚しない理由が、娘から父親を奪わせないこと、娘の親権を父親に渡したくないからだと知り、エレノアは今回の計画を立てたのだ。


 まずは、『娘の親権を譲る代わりに事業の全ての権利を受け取る』と書かれた離婚協議書を、アレックの愛人の家に送る。

 これで2人はそんな方法があるのかと気づき、すぐにマリーに離婚を申し出るだろう。

 熱を出して弱まったフリをすれば、そのタイミングを狙ってくるに違いない。



(……まさか、あんなにも予想通りに動いてくれるとは)



 もちろん、母を苦しめたクズの父親に大金をやるつもりはない。

 エレノアは子爵家を出るときに、二度と魔石が発生しないように魔法をかけていた。

 

 きっと、魔石がゼロになってしまったのだろう──そうほくそ笑みながら1階に下りると、玄関ホールでアレックが大騒ぎしているところだった。



「うちの魔石が全部消えた!! この家の出している魔石は魔力が強いと聞いたぞ! マリー! お前がうちから魔石を盗んだんだな!!」


「まさか。私が出ていって数日、魔石はあの部屋にあったのでしょう?」


「そうだが……が、こんな急になくなるなんておかしいだろ!! 絶対にお前のせいだ!!」



 今にも母マリーに掴みかかりそうなアレックだが、その間にロジェが立ち塞がっているおかげで何も手出しできないようだ。

 必死に罵倒だけを続けている。

 おそらく、このまま放置したらロジェがアレックに殴りかかってしまいそうだ。



(それも見てみたいが、今はやめておこう)



 エレノアはみんなの前に出ていくなり、子どもっぽく右手をピーンと伸ばした。

 この場に笑顔で現れたエレノアに、みんなギョッとしている。



「それ、エレノアのせいだと思うよ」


「……は?」


「だって、あの魔石はエレノアが作ったんだもん」


「…………」



 いつものように子ども口調で話したせいか、この場にいる全員がポカンと口を開けたまま黙ってしまった。

 何を言っているんだという空気を感じる。



(まあ、この反応も無理はない。だが、私はマリーの娘として生きたいから転生のことは話したくない……。このまま無理やり突き進むしかないな)



「ほんとだよ。エレノア、魔石が作れるんだよ。ほら」



 そう言って手のひらサイズの魔石を作ってみせると、みんなが「あっ」と息を飲んだ。

 コロッと態度を変えたアレックが、すかさず床に膝をついてエレノアの手を握る。



「エレノア! おお、俺の可愛い娘よ。うちの魔石が消えたんだ。また出してくれ!」


「アレック! あなた、今さらエレノアに何を……っ」


「うるさいお前は黙ってろ!!」



 すぐに口を挟んできたマリーを、アレックが一蹴する。

 その瞬間、ロジェが拳を作ってアレックに向かっていこうとしたが、マリーが慌てて止めていた。



(いいよ。ここまでクズだと、こっちも容赦なくいけるってもんだ)



 エレノアは7歳の子どもらしく、キョトンとした愛らしい顔でアレックの手を握り返した。

 優しく応えてくれると勘違いしたのか、アレックの顔がパァッと明るく輝く。



「それはできないよ。だって、もうエレノアのパパじゃないんでしょ?」


「!?」


「もうエレノアは娘じゃないって言ってたよね?」


「そ、それは誤解だ! お前の母親がお前を欲しがるから、そう言っただけで……本当は俺だってお前を引き取りたかったんだ!」



 アレックの金がなくなると困るのか、以前は偉そうな態度をマリーに向けていた愛人も、今はコクコクと静かに頷いているだけだ。

 必死にエレノアのご機嫌を取ろうとしているのか、不自然な笑顔を向けている。



「んーー……でもなぁ……」


「頼むよ、エレノア」


「んんーー……」



 悩んでいるフリをしながら、エレノアはアレックの耳元に顔を近づけた。

 ロジェを押さえつけていたマリーがこちらに来そうなので、焦らすのはそろそろ終わりにしなければ。



「最後のチャンスを潰したのはあなたでしょう?」


「……え?」



 落ち着いた口調でそう囁くと、作り笑顔をしていたアレックの表情が固まった。

 今のは本当にエレノアが言った言葉なのかと、周りをキョロキョロしている。



「私の最後の質問。あれに少しでも悲しい様子を見せていれば……ほんの少量でも魔石を残してやったのに」


「…………」


「ママをいじめた天罰だ。十分に苦しめ」



 アレックにだけ聞こえるよう、口元を手で隠して小声でそう伝えると、アレックは全身の力が抜けたようにガックリと項垂れた。

 魔石がもう発生しないという事実、自分の娘の異様な正体に、深くショックを受けたようだ。

 


「ちょっと! 私はどうなるの!? お腹の子どもは!? もうお金を稼げないの!? ねえ!?」



 黙りこくったアレックに、今度は愛人が責め立てている。

 バシバシと体中叩かれているというのに、アレックは魂が抜かれたかのように無反応だ。



「……あの2人を追い出せ」



 ロジェが自分の付き人にそう命令すると、やっと玄関ホールに静寂が訪れた。

 元夫の疲弊ぶりに驚いていたマリーが、ハッとしてエレノアのもとに走ってくる。



「エレノア、大丈夫だった!? どこか痛くない?」


「手をにぎってただけだもん。いたくないよ」


「そう……よかった」



 ホッと胸を撫で下ろしたマリーが、優しくエレノアを抱きしめる。

 前世ずっと独り身だったエレノアは、このマリーの温もりが昔から大好きだった。

 少し様子を窺ってから、遠慮がちにロジェが近づいてくる。



「エレノア。さっきの力は……」


「わかんない。気づいたら、できたの」


「そうか。……この力のことは、ここだけの秘密にしよう。魔石が作れるなんて知られたら、誰に狙われるかわからない」


「!」



 ロジェの提案を聞いて、マリーの顔がサーーッと青ざめた。

 エレノアを抱きしめる力が、無意識に強くなっている。



「それって、エレノアが狙われるかもしれないってこと?」


「ああ。すごい力だが、人に知られるのは危険だ。エレノアの安全のために、力を使いすぎないようにしよう」


「そうね」



 真剣に話し合っているマリーとロジェを見て、エレノアはクスッと小さく笑った。

 さっきまでここにいたクズ男とクズ女とは全然違う。



(私の力を知って、利用しようとするどころか守ろうとするとは……。このロジェという男、思っていた以上にいい男らしいな)



 マリーとロジェが、お互いに好意を抱いていることには最初から気づいていた。

 なんと、ロジェは侯爵家の息子でありながら、今まで婚約者も作らず独身でいるらしい。



(もどかしい2人のために、もうひと仕事してやるとするか)



 エレノアはロジェの手を掴むなり、マリーの手に重ねた。

 突然の行動に、「えっ」と2人の顔が赤くなる。



「ママ。エレノア、この人にあたらしいパパになってほしいな〜」


「ええっ!?」


「エ、エレノア! 何を急に……っ」



 真っ赤になった2人に「がんばってね」と伝えて、エレノアはその場から走り出した。

 2人が「エレノア!」と叫んでいるけれど、それを無視して部屋まで急ぐ。



(ちゃんとうまくいくのか見守っておきたいところだが……ひとまず2人きりにしてやろう)



 これから先は幸せになれるであろう母の姿を想像して、エレノアはにっこりと微笑んだ。



最後まで読んでくださりありがとうございました。

久々の短編、書いていてとても楽しかったです!

ぜひブクマや評価で応援していただけると嬉しいです。


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めっちゃ良かった!! お見事なざまぁでスッキリ爽快♪ エレノアちゃん最高(*`ω´)b
エレノアちゃんや? それはヤリ手ババァムーブってやつでは?
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