けっしてオ・ナラをしてはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいわよ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ、オ・ナラだけは絶対にしないでね」
「え!?」
「オ・ナラだけはしないで」
「オ・ナラをすると……どうなるの?」
「臭くなるでしょうが! この高貴なマンションの部屋が!」
美沙のおそろしい剣幕に、私はこの部屋ではオ・ナラは絶対にしないと、約束した。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、スマホをチェックし、冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
ふいにお尻がムズムズなった。
ふと窓を見ると、知らない男のひとが、じぃっと私を見つめていた。
彼はきっと、思っている。女はうんこをしない、女は鼻毛が伸びない、そして──
女はオ・ナラをしない──と。
臭くなると美沙は言ったが、消臭スプレーを撒くまでもなく、匂いは彼女が帰ってくるまでに消えるだろう。
しかし、男が見ている。
犯罪を目撃しようというように、男がじっと私を見つめていた。
私は男のひとの前では、すかしっ屁さえしたことがない。
我慢することには慣れている。
抑えることには慣れている。
しかし、なぜだろう。男に見られていることで、私は衝動をかえって抑えられなくなった。おおきな破裂音のようなものを立てて、この部屋に私のオ・ナラをぶちまけてやりたくなって仕方がなくなったのだ。
「見よ! 我が放屁!」
私は下腹の力を抜いた。
「聞け! 我が罪の音!」
物凄い音が鳴り響き、窓ガラスを割った。
窓の外の男は驚愕の表情を浮かべ、9階から下へ、落ちていった。
私はスッキリしていた。
お腹に溜まったガスは、放出しなければ身体に悪いというものだ。
しかし、次には身を縮こまらせ、怯えていた。
さっきの男は──誰?
いい加減にします