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桜咲き誇るほど 3:侵食の章

作者: Tom Eny

プロローグ:不穏な胞子


ゼノスとの戦い、そして守護神の根の浄化から一年。桜の王国は完全な復興を遂げ、ハルカ、アヤト、リンはそれぞれの役目を果たし、王都には活気と笑顔が満ち溢れていた。守護神の桜も以前にも増して力強く咲き誇り、民の**「魂の木霊」**は喜びと安堵に満ちていた。


しかし、その穏やかな日々の中に、微かな異変の兆候が忍び寄っていた。遠くの空から風に乗って、肉眼ではほとんど見えないほど微細な、黒い粒子のようなものが時折舞い降りるようになったのだ。人々はそれを**「遠い地の灰塵」**と呼び、気にも留めなかった。


だが、王都の裏路地の壁や、城下町の隅にひっそりと生えた草木の中に、ごく稀に、見慣れない奇妙な形の芽が顔を出すようになっていた。その芽は、他の植物よりも異様に生長が早く、触れると微かに冷たい感触があった。リンだけが、その芽から微かな**「不協和音」**を感じ取っていたが、守護神の力も安定している今、それが何を示すのかは分からずにいた。


第一章:影を落とす侵略者


異変は、数週間で加速した。王都の郊外にある古い森で、木々が急速に枯れ始め、地面には黒い膜のようなものが広がり始めたのだ。そして、その中心には、見上げるほど高く、巨大な漆黒の葉を持つ異様な樹木が、わずか数日で聳え立っていた。その**「影のかげのき」**は、太陽光を遮り、周囲のあらゆる植物の光合成を妨げていた。


ハルカ、アヤト、リンは調査に向かう。アヤトは剣でその異様な木の枝を斬ろうとするが、信じられないほど硬く、容易には刃が通らない。リンは**「真実の視薬」で分析を試みるが、この植物は王国のいかなる植物のデータとも一致せず、その構造は通常の植物とはかけ離れていた。ハルカの「桜花の恩恵」**も、その樹木には効果が薄く、まるで生命力を吸収されているかのように感じられた。


王国の各地から、同様の報告が届き始める。各地の森や畑に同じような影の樹が次々と現れ、在来の植物を枯らし、土地を荒廃させていた。民の**「魂の木霊」も、不安と嘆きに変わり始めた。王国は、未知の「植物の外来種」**による侵攻を受けていたのだ。


第二章:枯渇する大地、失われる共生


影の樹の侵攻は加速する。その根は地中深く、そして広範囲に異常な速度で広がり、周囲の土壌中の栄養分や水分を根こそぎ吸い上げていった。その結果、影の樹の周囲の土壌は急速に痩せ細り、砂漠のように干上がっていった。


最初の試練:栄養の枯渇と生存競争 影の樹の根が水源を独占し、王都への水路が枯れ始める。水道は止まり、作物も育たなくなる。ハルカたちは、水源を守るため、影の樹の根を物理的に断ち切ることを試みるが、その根はまるで意志を持つかのように絡みつき、アヤトの剣をも弾き返すほど強靭だった。この状況下で、リンは水の浄化だけでなく、**土壌に養分を一時的に与え、在来植物をかろうじて生存させる「生命維持の調合薬」**の開発を急ぐ。しかし、これはあくまで一時しのぎに過ぎなかった。


生態系の崩壊と生存の厳しさの顕現 影の樹の脅威は、単に植物を枯らすだけではなかった。その影の下では、小動物や昆虫も姿を消し始め、王国の豊かな生態系が崩壊していく。ハルカは**「魂の木霊」で、枯れていく植物や逃げ惑う動物たちの悲鳴を聞くだけでなく、彼らから「なぜこんなことが…」「この自然はなんて厳しいんだ」という、これまでの「共生」の認識を揺るがすような、より直接的な困惑や問いかけを感じ取る。ハルカの胸は締め付けられ、「私にはどうすることもできないのか…」と、一瞬、自己の無力感に苛まれる。これまで信じてきた「共生」を脅かす「弱肉強食」**という摂理の現実に、ハルカは深く心を痛める。守護神の桜も、遠くからその影響を受け始め、幹の一部が黒ずみ始めていた。


第三章:遠き地の記憶と新たな賢者


この未知の脅威に対処するため、リンは過去の記録や賢者から学んだ知識を必死に紐解く。その中で、彼女は**「古の書物」に、遠い昔、王国ではない別の地にも同様の「影の樹」**が突如として現れ、大地を荒廃させたという記述を見つける。しかし、その記述は途中で途切れており、解決策は記されていなかった。


この状況を打開するため、ハルカたちは再び翠の里の**「樹医の老賢者」**を訪ねることを決意する。


賢者との再会と深まる知恵 賢者は、影の樹の話を聞き、それが**「滅びを呼ぶ植物」として、かつて世界各地で生態系を破壊してきた「災厄の外来種」であることを告げる。彼は、この植物は特定の惑星から飛来した胞子によって繁殖し、他の生命を駆逐してその惑星の環境を自身に適応させる「生命改変種」であると説明する。賢者は、この種の植物に対抗するには、通常の伐採や薬では不十分であり、その植物の「起源」と「生命サイクル」**の根本を理解し、それを逆手に取るしかないと説く。


賢者はリンに、「影の樹の生命力を極限まで奪い取る土壌改良材の調合レシピ」、そして**「影の樹の成長を抑制する特定の鉱物(微量金属)の探索」、さらには「影の樹の胞子を無力化する『天敵』となる微生物の存在」**についての新たな知見を授ける。リンは、賢者の知識と自身の探求心を融合させ、守護神の根を救うための最終的な戦略を確立する。


リンの試行錯誤と小さな発見 賢者の知恵を得たリンは、さっそく調合の実験を開始する。しかし、すぐに完璧な結果が出るわけではなかった。「この配合では強すぎる…」「微生物が安定しない…」と、何度か失敗を重ねる。ある時、リンが捨てた実験の残骸に、アヤトの松針獣が興味を示して近づく。影の樹の胞子が付着した土に触れた松針獣の体が、わずかに「ちくちく」と反応し、その場の胞子がごくわずかに縮むのを見て、リンは驚く。**「まさか、この子たちが…?!」そのコミカルな光景は、リンに「影の樹の胞子に抵抗力を持つ微量な成分」**の存在を示唆し、新たな調合のヒントを与えることとなる。


第四章:種の進化と生態系の防衛者


賢者の知恵を得たハルカたちは、影の樹の**「病巣」へと向かう。それは、最初に影の樹が現れた郊外の森の中心にある、他の影の樹よりもひときわ巨大な「親株」だった。その親株からは、絶え間なく胞子が放出され、王国中にばら撒かれていた。親株の周囲は、影の樹の幼木が密生し、他の植物は一切存在しない、まさに「生命の失われた地」**と化していた。


親株の守護者:根を操る「影の番人」 親株に近づくと、その根から生まれたかのような異形の存在、**「影の番人」が立ちはだかる。彼は、影の樹がもたらす「新たな秩序」を盲信しており、その力こそが「真の生命の摂理」だと主張する。彼の体は影の樹の根と一体化しており、地面から強力な根を操り、広範囲攻撃でハルカたちを追い詰める。周囲には、影の樹の胞子から生まれた「毒性を持つ幼木」**が常に湧き出す。


番人の葛藤と信じる秩序 番人は、その冷徹な目でハルカたちを睨みつけ、**「貴様らには理解できぬ。この脆弱な世界に、真の強さを示すのが影の樹だ。かつて私も、弱さゆえに全てを失いかけた…この力がなければ、何も守れないのだ」**と、低く響く声で呟く。彼もまた、かつて「弱肉強食」の摂理の前に無力であった経験から、影の樹の「絶対的な強さ」に魅入られ、それこそが唯一の正解だと信じ込んでいるのだ。


アヤトの覚悟と「共生の盾」 影の番人の攻撃で、アヤトは絶体絶命の危機に陥る。その時、ハルカが**「桜花の恩恵」で彼の体に生命力を送り込むと、アヤトの体から「松の如き堅牢な防御壁」**が一時的に展開され、攻撃を防ぐ。この力は、ハルカとアヤトの絆、そして彼が守ろうとする「共生の王国」の意志が具現化したものだった。アヤトは、この防壁を利用して番人の攻撃を捌き、弱点を探る。


リンの「種」の覚醒と「生態系の防衛者」 リンは、賢者から学んだ知見と、王国内で収集した微量金属、そして自身の知識を融合させ、**「影の樹の成長を劇的に阻害する特殊な『種子爆弾』」**を開発する。これは、爆発すると微量金属と特定の微生物を散布し、影の樹の根の活性を一時的に麻痺させる効果がある。リンは、この種子爆弾を番人の根の隙間や、親株の弱点に向けて投擲し、アヤトとハルカを援護する。


最終章:摂理の問いと新たな芽吹き


**「影の番人」**を打ち破ったハルカたちは、親株の元へとたどり着く。親株は、周囲の全ての養分と光を吸い上げ、その巨大な体から絶え間なく胞子を放出していた。


知恵と力の総力戦 リンは、賢者から学んだ知識を応用し、影の樹の生命サイクルを停止させる「最終調合薬」を完成させる。 それは、特定の微量金属と、影の樹の胞子を分解する特殊な微生物、そして桜の生命力を凝縮したものであった。ハルカは**「桜花の浄化」**の力を最大限に高め、この調合薬を影の樹の中心に打ち込む。


その間、アヤトは、押し寄せる影の樹の幼木や、親株から放たれる強力な根の攻撃を、**「常磐の貫き」と「共生の盾」**を使い分けながら防ぎ、ハルカとリンを守り抜く。


摂理の調和と未来の展望 リンの調合薬が親株に打ち込まれると、巨大な影の樹は、これまで吸い取った生命力を逆流させるかのように、光を放ちながら急速に萎んでいく。同時に、その胞子の放出も止まる。影の樹が消滅した跡地には、枯れ果てていた土壌が少しずつ息を吹き返し、微かな生命の脈動が戻っていく。


王国を覆っていた暗い影は晴れ、太陽の光が再び大地を照らす。ハルカは、今回の危機を通じて、自然界には「共生」だけでなく**「弱肉強食」**という厳しい摂理も存在することを痛感する。一時はその厳しさに心を痛めたが、命あるものが生き抜くための厳しさ、そしてその先に生まれる新たな生命の連なりを理解することで、彼女の心に新たな視点が生まれる。真の「豊かさ」とは、その両方を受け入れ、バランスを見出すことだと悟る。


エピローグ:次なる調和の探求


王国は、影の樹の脅威から解放された。しかし、荒廃した土地は多く、回復には長い年月がかかるだろう。ハルカは、プリンセスとして、この苦い経験を教訓に、王国が「共生」と「弱肉強食」という二つの摂理の中で、いかにバランスを取り、未来を築いていくかを模索し始める。


アヤトは、ハルカの傍で、以前よりもさらに強固な**「松」**のような決意を固める。彼は、剣だけでなく、王国を守るための新たな知識や方法を学ぶことの重要性も理解し始めていた。


リンは、今回の経験を通じて、自身の調合術と植物学の知識が飛躍的に進化したことを実感する。彼女は、影の樹の胞子を完全に無力化する微生物の研究や、弱肉強食の摂理に対抗しうる**「新たな耐性を持つ植物の品種改良」**に没頭する。彼女の探求は、王国を脅かす可能性のある、他の「災厄の外来種」、あるいは未知の「植物界の摂理」の探求へと繋がっていく。


守護神の記憶の奥底には、遠い地にある他の**「聖なる木」だけでなく、「生命の二面性を司る古の聖域」**の存在が示唆される。ハルカたちの旅は、単なる復興にとどまらず、自然界のより深遠な摂理を理解するための、新たなステージへと向かっていた。

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