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『黒焔の継承者』  作者: 時雨悠(しぐれはるか)
序章・哨戒編
2/2

『追手と戦火』

焼けた大地に、風が吹いた。

 乾いた空気が、焦げた草を撫で、舞い上がった灰がリオ=アルドの髪に降り積もる。


 学院を追い出されて、もう何日経っただろう。

 辺境の村〈ルルカ〉からさほど離れていない廃街跡――かつて交易の要衝だったというが、今は瓦礫と崩れかけた石の残骸ばかり。リオはその中央を、ただ一人、ふらつくように歩いていた。

 足元の泥は重く、乾きかけた血が靴と一体になっている。裂けた外套は風に翻り、頬を伝うのは汗か涙か、自分でももうわからない。

 息を呑むたび、肺に煙の残り香が入り込む。

 あの日――黒焔を使ってしまった、忌まわしいその日から、まだ二日しか経っていない。

 それなのに。

(どうして……王国の追撃部隊が、こんなに速く……)

 辺境の情報網など、王都からすれば盲点のはずだった。追撃が来るとしても数日はかかると思っていた。

 だが実際には、足取りは完全に掴まれていた。

 奴らの動きには、最初から一切の迷いがなかった。まるで、初めからこちらの逃走経路を知っていたかのように。

 そして。

「リオ=アルド……貴様に帰る場所はない」

 乾いた声が、朽ちた石柱の陰から響いた。

 現れたのは、黒鎧に身を包んだ男。瞳には憎悪でも怒りでもない。ただ、任務を遂行する者の冷淡な決意だけが宿っている。

 〈焔封の騎士団〉。

 かつて五王国が共同で設けた、黒焔を封じるためだけの処刑部隊。

 時代が変わっても、その役割は生き続けている。いや、今や“焔を狩ること”が彼らの存在理由だ。

「黒焔に触れし者は、万民を害す悪因。貴様は存在ごと、浄火に帰せられるべきだ」

 その言葉に、リオは口元を歪めた。

「……勝手に決めるな」

 足元を踏み締め、泥に埋もれた剣を引き抜く。

 だが、彼自身もわかっている。剣術は人並み、術式は発動に長い時間がかかる。何より、黒焔――あの日発現したあの力は、まだ自分の意思で制御できる代物ではなかった。

 今のままでは、勝てない、そう分かっていた。


 足元を踏みしめる。

 灰と血のにおい。空は低く、雲が重く垂れていた。

 そして、騎士が剣を振り上げた、そのとき――

「観察開始。対象個体、接触レベルα。初期反応を確認」

 女の声が、頭上から降ってきた。

 直後、騎士の足元で爆風が弾けた。

「ッ……!」

「退けッ! 何者かが……ッ!」

 煙の中に、黒衣の少女が舞い降りる。

 銀の髪、紫の瞳。

 身の丈に合わないほど大きな術式杖を背負い、無表情のまま敵を見下ろしていた。

「敵性存在三名。呪術術式、展開開始」

 彼女が手をかざすと、空間に青白い“紋様”が浮かぶ。

 それは、魔法とも術式とも異なる。

 リオが一度も見たことのない、霊紋術れいもんじゅつ――“呪い”の力だった。

「対象:駆除」

 次の瞬間、地面から“影の腕”が現れ、騎士を地中へと引きずり込む。

「く、くそッ、なにを……ッ!」

「封殺完了。次」

 手加減など、なかった。まばたきする間にだ。

 少女の“呪術”は、冷たく、的確で、そして──容赦がなかった。


「……助けてくれたのか?」

 戦闘が終わったあと、リオはようやく声をかけた。

 少女はリオを一瞥したあと、無表情に言った。

「助けたつもりはない。観察していただけ」

「観察?」

「あなたの力。“黒焔”。私はそれに興味がある」

 まるで、学者が珍しい虫でも見つけたかのような口ぶりだった。

「私の名は、セラ=フェンリス。旅の術士。黒焔に関わる“呪い”の研究をしている」

 リオは思わず眉をしかめる。

「……俺の力は、呪いなのか?」

「分類的にはそう。“負の魔力”の強制発動。死との共鳴作用。あとは――あなたの体が、なぜそれに耐えられるか」

 セラはじっと、リオを見つめた。瞳は微動だにせず、まるでリオの肉体の奥、魂の構造まで見透かそうとしているかのようだった。

「あなたは、おかしい。だから、私は観察することにした」

 それが、彼女の“同行”の理由だった。

 助けたいからでも、仲間になりたいからでもない。

 ただ、“知りたい”という衝動だけ。

 それでも――

「……好きにしろ。今さら、誰が傍にいても驚かない」

 リオは背を向けて歩き出す。

 セラは迷いもなく、数歩後ろに続いた。

 足音は、ふたつ。

 それでも、孤独ではないような気がした。

 

 村に着いた。

 その村は、丘の陰にひっそりと存在していた。

 石積みの家々。干し肉の香り。子どもたちの笑い声。農民たちの視線。

 どれも“普通”で、“穏やか”だった。

 ……ただし、俺が現れるまでは。

 

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