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『黒焔の継承者』  作者: 時雨悠(しぐれはるか)
序章・哨戒編
1/2

『黒焔』

この世界では「強大すぎる力」は忌み嫌われる存在だ。


 「おい聞けよ、リオ、また最下位だったらしいぞ」

 昼休みの訓練場、模擬戦績の結果が張り出された瞬間、背後からそのような声が聞こえてきた。

 視線を向けるまでもなくその声の持ち主は分かっている。カイル=デロス。かなりの成績優秀者だ。剣術、魔術、学科成績、全て上位。教師たちの期待を一身に受けている男だ。

「逆にさ、ここまで最下位を貫けるってのも才能だよな」

 ……まぁ返す言葉もないさ。もうとっくにその悔しさと怒りはすり減っている。

 どうせ不幸中の幸いが続いたんだ。記憶も血筋も才能もなくただただ拾われた孤児。

 俺、リオ=アルドは、ここ〈セントアナ中央訓練学院〉に入学して半年。

 剣術は平均以下、魔術は発動すらままならず、座学も壊滅的。

 他の生徒が「次の王国騎士団はどこに配属されるか」で悩んでいるなか、俺だけは「いつ退学になるか」を気にしていた。

「お前、いつまでここにいるつもりなんだ?」

 カイルが笑いながら肩を叩いてくる。

「剣も魔術もまともに扱えないなら、さっさと出ていけばいいのに…… いっそ黒焔にでもやられちゃえばいいのに」

 その言葉に、周囲の空気が凍った。

 “黒焔”――この世界では最も忌み嫌われる言葉。

 かつて世界を焼き尽くしたとされる第六の王家が扱った、呪われし炎。

 今やその存在すら「禁忌」とされ、教科書からも消された。

「おい、やめろよ……。その名前を口にしたら処罰対象だぞ」

 別の生徒が慌てて止めに入る。

 だがカイルはにやついたまま、俺の顔を覗き込んだ。

「お前さ……黒焔となんか関わりがあるだろ。雰囲気が似てるんだよ。“忌み子”って雰囲気と」

 その瞬間、俺の体に熱が走った。鼓動が跳ねる。やめろ。

 ……その名前を、呼ぶな。俺は、そんなんじゃ――

「やめろ!」

 気づけば、俺はカイルの胸ぐらを掴んでいた。

 喧騒が静まり返る。

 「……は? てめぇ、俺に手ぇ出したのか?」

 次の瞬間、カイルの拳が飛んできた。反射的に身を引いたが、頬に軽く擦る感触と衝撃が走る。

 生徒たちの声が一斉に上がり、誰かが教師を呼びに行った。

 だがその瞬間だった。

 ――「啼き声」が、聞こえたのは。

「っ……な、なんだ、あれ……」

 学院の敷地内、第二訓練場の壁が爆ぜる。土煙の向こうに、赤い目が見えた。

「魔獣だ……!」

「なんで市街地に……!?」

 現れたのは、五体の“フェルゴア狼”。通常は深緑地帯にのみ生息する高位の魔獣だ。

 鋭利な牙、黒鉄の毛皮、そして何より、人間に対する異常な攻撃性。

「全員、武器を取れ! 第一防衛陣形を――!」

 教官の指示が飛ぶ。

 ……だがもう遅い。教官の声より早く、魔獣のうちの一体は一人の生徒に襲いかかっていた。

「危ない!」

 その瞬間、俺の体が勝手に動いた。

 距離は六十メートルほどだろうか。どちらにしよ間に合わないは許されない。

 ……焼けつけるような熱が腹の奥深から駆け上がる。

 そして、俺の右腕から"黒い炎が噴き出した。

 ごう、と音がした。

 炎は一瞬で魔獣を包み込み、その巨体を跡形もなく灰へと変えた。

 時間にして、わずか数秒。

 音が消える。

 俺の手にはまだ黒い焔が揺れている。その熱は心地よいほど馴染んでいた。

「……あれ、黒焔じゃ……」

 誰かが呟いた。

「うそだ……黒焔って、もう滅びたはず……!」

 突如、誰もが一斉に後ずさる。

 助けたはずなのに、命を救ったはずなのに……

 誰一人近付くことはなかった。

「そうか、これはそういう力なんだな」

  “使えば、拒絶される”。

 それが、黒焔という存在の宿命。

 俺の鼓動は、まだ早鐘のように鳴っていた。

 でもその奥で、もうひとつの声が囁いている。

「ようやく、目覚めたな。――我が王よ」

 その声が誰のものかも、なぜ“王”と呼ぶのかも、わからない。

 ただ――

 俺の中の“何か”が、動き出したのは確かだった。


「……うわぁぁぁ!なんで俺が独房なんかに……!」

 このとき俺は、牢屋にひとり、閉じ込められていた。

 罪状は簡単。

  “黒焔を使ったこと”。

 それだけで、この世界では処刑対象とされてもおかしくない。

 なんという理不尽さだ。

 あのとき使わなければあの子は間違いなく死んでいたのに。

 ……でも、使わなければ俺は今ごろこんなことには……

 少し後悔もしてしまった。ひ弱な男だよな。

「そもそもなんで俺はこんな力を持っている……」

 

 午後、独房の鍵が開いた。

「立て。判決が下った。お前は学院を追放される」

 事務的な口調で教官が言う。護送用の鎖を渡されるかと思ったが、それはなかった。

「処刑じゃないのか……?」

「お前の力が“制御不能”である可能性が高いと判断された。処刑対象になって変に暴れられても困るからな。いずれどこかで死ぬだろう、とのことだ」

「ふーん」

「荷物は門の前に置いてある。それで全部だ」

 無言でうなずき、俺は学院の敷地を出た。

 冷たい風が吹き抜ける。

 外套も剣もなく、持たされたのは僅かな金貨と、食料袋ひとつ。

 もう、ここに戻ることはない。

 背後で門が閉まる音がした。


 数歩、歩いたところで、木の影からひとりの少女が飛び出してきた。

「あの……!」

 声をかけてきたのは、俺がさっき助けた人だった。

 焦った顔、肩で息をしている。

 何かを抱えていて、それを俺の荷物袋にぐい、と押し込んだ。

「水と……パン。あんまり持ってこれなかったけど……これ、あげる」

「……」

言葉がでない。

 彼女だけは、黒焔を見て怯えながらも、最後まで逃げなかった。

「……みんな、怖がってた。私も……ちょっと、怖かった。でも、助けてくれたよね。私……ほんとは、ちゃんとお礼、言いたかった」

 言葉が、胸に突き刺さる。

 それは救いであると同時に、苦しさでもあった。

「……ごめん」

 出てきた言葉は、それだけだった。

 助けたのに、追い出された。

 守ったのに、誰もそばにいない。

 彼女が何か言おうとした声を、振り切るように歩き出した。

 

 一歩、また一歩。

 学院の街並みを背に、知らない道をただひたすら進む。

 ポケットの中、ずっと握りしめていたのは、首飾りだった。拾われたときに、唯一、身につけていたものだ。

 俺の過去は? 家族は? この力は、何のためにある?

 誰も教えてくれない。

 だから、自分で確かめるしかない。

「俺は……俺が何者なのか、知るために生きる」

 風が冷たい。

 だが、胸の奥は不思議と熱を帯びていた。

 

 それはまるで、焔のように。

 

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