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【第8課】ニホンゴハ、ヘン(ナ)コトバ?

――この世界で、“ニホン”という国は、もう存在しない。

 

今の歴史書には、ニホンという地名は記されていない。ただ、“遥か昔、文明の中心だった謎の島国”として伝承や遺物にその名が残る。

古文書に刻まれた回路図。光を発する魔導機(らしき箱)。「ミナサン コンニチハ」と書かれた、誰も解読できない自動音声の記録球――

 

「あの日、ニホンが“何か”によって姿を消した――」

 

研究者の中にはそう信じる者もいる。そして、今でもいくつかの「封印された遺構」がこの世界のどこかに眠っているという噂も……。

 

だが、いったいなぜ滅んだのか?なぜ言語だけが不自然に残り、文法だけが“遺産”として広がったのか?

 

タカシ自身、異世界に来た時から抱いていた疑問だった。

 

「もしかして、これ全部……“言葉”に何か仕掛けがあるんじゃ……?」

 

だが今は、それを調べる余裕はない。目の前の生徒たちに、日本語を届けるのが先だ。その先に、真実がある――そんな気がしていた。

 

 

「オハヨウゴザイマス!」

「オハヨウ!」

今日も元気に4人の生徒が登場。タカシはいつものようにチョークを手に取る。

 

「さあ、今日は第8課。“ケイヨウシ”!」

 

「ケイヨウシ……?」

リリィが首をかしげる。

 

「カンタンに言えば、“キレイ”“オイシイ”“シズカ”とか、“どう感じるか”をあらわす言葉だな」

「キモチ……?」

「そう。“タノシイ”とか“コワイ”とか。“ヘヤガ キレイ”とか、“オチャガ アツイ”とか。人やモノの“ようす”や“気持ち”をあらわすニホンゴだ」

 

タカシは黒板に見出しを書いた。

● イケイヨウシ:「タノシイ」「アツイ」「オオキイ」……など

● ナケイヨウシ:「キレイ(ナ)」「シズカ(ナ)」「ユウメイ(ナ)」……など

 

「この“イ”と“ナ”のグループに分かれてるのが、ニホンゴのちょっと面倒なとこだな」

 

「センセイ、“キレイ”ハ“イ”デオワルノニ、“ナケイヨウシ”?」

ヴァイスが不満そうに眉を寄せる。

 

「うん、そこが“ヘンナ”ところだよな。たとえば“オイシイ”も“イ”で終わるけど“イケイヨウシ”、“キレイ”も“イ”で終わるのに“ナケイヨウシ”……これはもう、“そういうもの”として覚えるしかない」

 

「なぜ、ニホンゴハ、フベンナホウヲ エランダ……」

ユウトが天を仰ぐ。

 

「でも……センセイ!」

ユウトがぱっと顔を上げた。

「コレ、“カンジ”ニ スルト、ワカル カモシレマセン!」

 

「カンジ?」

 

「“オオキイ”ハ、“大きい”――“イ”ハ ヒラガナ。でも、“キレイ”ハ、“綺麗”。“イ”マデ カンジ。“ユウメイ”モ、“有名”デ、イマデ カンジ」

 

「おお……!」

タカシは目を見開いた。

「たしかに、“イケイヨウシ”の“イ”は送りがなになるけど、“ナケイヨウシ”は”イ”までが一つ語としてカンジに含まれるんだ!」


「でもユウト、よく”綺麗”なんて漢字知ってたな。初級レベルじゃないぞ、あれは。」 

「”綺麗”は カクスウ が多くて、ウマク カケナイカラ、マイニチ 10回 カク。」

「……こいつ、マジでカンジ変態だ」

 

 

「じゃあ今日は、ひとりで文を作るんじゃなくて、“ペアワーク”をしよう」

タカシは二組に分ける。

「リリィとヴァイス、ユウトとクーニャ。相手の“キモチ”や“ようす”を、ケイヨウシを使って言ってみよう」

 

【リリィ × ヴァイス】

リリィ:「ヴァイスサンノ コエ……キレイナ コエ!」

ヴァイス:「アリガトウ。リリィハ……タノシイ ヒトネ。イツモ ワラッテル」

 

リリィが赤くなって俯く。

「……ヴァイスサンノ ハナ、イイニオイ!」

「ちなみに、”ハナ”も漢字で書くと2つあるからな。」

 

【ユウト × クーニャ】

ユウト:「クーニャサンノ ウゴキ……トツゼンデ、キケンナ ケモノ」

クーニャ:「ユウトサンノ ハナシ……ナガイケド、チョット オモシロイ!」

「チョット……!?」

 

クーニャ:「ケイヨウシ、タノシイネ。タベモノ、ヒト、モノ……ミンナ、コトバニ ナル!」

ユウト:「“ニホンゴハ、カンジト キモチノ マホウ”……カモシレナイ」

 

 

黒板にタカシは書いた:

● イケイヨウシ: 〜イで終わる(アツイ、タノシイ、コワイ)

● ナケイヨウシ: 〜ナをつけて使う(キレイな、シズカな、ユウメイな)

→ キレイ/ユウメイは“イ”で終わるが“ナケイヨウシ”!

 

「今日は“言葉で気持ちを伝える”っていう練習だったな。ニホンゴはやっぱり、“気持ちの言語”だ」

 

タカシはふと、昨日図書塔で見つけた古い文献の一節を思い出していた。

『セイシン ト コトバ ガ ムスビツイタトキ、モノハ カタチヲ カエル』

 

「“言葉が気持ちと結びついたとき、モノが動く”……か」

まるで、それが“呪文”のように書かれていた。

……まさか、文法を極めると、何かが起きるとか?いや、まさか――

 

タカシは首を振り、笑った。

「さて……つぎの課は、“ナニガ スキデスカ?”だな」

 

――でも、“言葉にはチカラがある”。そんな確信が、ほんの少し、胸の奥に残っていた。

 

――つづく。


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