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【第6課】イッショニ ドーナツタベマセンカ?

この学園は、「未来のニホンゴマスターを育てる」ための場所――らしい。

 

王立学園・言語文化研究舎《ニホンゴ特別教室》。……とはいっても、ここはいわゆる“学校”とはちょっと違う。

日々ここに通ってくる生徒たちは、他に本業や別の学び舎を持ち、あくまで「通い」でニホンゴを学んでいる。いわばこの教室は、専門学校のようなポジション。目的は、ただひとつ――

 

「ニホンゴノウリョクシケン(略してN試)」の資格取得。

 

これは古代文明「ニホン」が残した言語遺産を現代に活かすべく制定された、言語技能認定制度である。合格すれば、そのランクに応じて“ニホンゴスキル”を習得したことが公的に認められ、中でも最上級ランクN1を持つ者は、文献解析官、古代施設技術士、王国図書顧問など、幅広い職への門が開かれる。

現在このクラスで教えているのは、初級レベルの「N5」対応範囲。教材『ミンナノニホンゴ』に準拠して、全25課を終えると試験に挑戦できるという仕組みだ。

 

そして、今日も集まってくる4人の“未来のニホンゴマスター”候補たち。

 

◆ リリィ:竜人族の少女。→ 魔法植物園の見習い園芸師。午前中は植物の世話、午後はニホンゴ。目標:「ニホン語で書かれた薬草目録を読めるようになる!」

 

◆ ヴァイス:エルフの貴族令嬢。→ 貴族評議会の書記官見習い。午前は資料整理、午後は教室で発音矯正。目標:「未解読の公式文書を正しく翻訳する!」

 

◆ ユウト=カンジ:魔導士候補生の眼鏡少年。→ 夜間魔術学院に在籍、日中は古文書の解読バイト。目標:「古代呪式に刻まれたニホン語の“音霊文”を正確に解釈する!」

 

◆ クーニャ=ベルン:獣人族の看板娘。→ 宿屋「ねこやなぎ亭」で昼勤・掃除・配膳・昼寝担当。目標:「お客さんにかわいく“イラッシャイマセ~”って言いたい!」

 

この世界において、ニホンゴはすでに“滅びた文明の言語”でありながら、その遺構や技術は各地に数多く眠っており、読み解ける者は“鍵”を持つ者として重宝される。いまや「カッコイイから覚える」「使えると便利」――そんな理由で学ぶ者も増えているのだ。

そして、唯一その言語を“生きた形”で話せるネイティブ……それが、駅の階段から異世界に転がり込んだ、しがないおっさん・永田タカシだった。

 

 

「オハヨウゴザイマス!」

「オハヨウ」

タカシは教室の前に立ち、チョークを構える。

「さあ、今日は第6課。“イッショニ 〜マセンカ?”、“〜マショウ!”をやるぞ!」

 

「“イッショニ”は、“ともに”の意味ですね?」

「その通り、ヴァイス。“さそう”ときの言い方だ。そして、“マショウ”は、自分から提案するときに使う」

 

タカシは黒板に大きく書く。

● イッショニ 〜マセンカ?(さそう)

● 〜マショウ!(じぶんからのていあん)

 

「今日はこれを、“ペアワーク”でやってみよう!」

「ペアワーク……」

「二人一組になって、じっさいに“さそう”→“こたえる”をやってみようってこと。ただし、いままで習った言葉を使うこと! 文法もできるだけ正しく!」

 

「でたな、実戦練習」

「センセイ、ワタシ……キノウ、ヨジ イップンニ オキマシタ!」

「うん、そういうのを活かすんだリリィ!」

 

「じゃあ、リリィとユウト、ヴァイスとクーニャで組んでみようか」

 

 

【リリィ&ユウト】

リリィ:「ユウトサン、イッショニ キョウシツヘ イキマセンカ?」

ユウト:「イマ、キョウシツ ニ イマス……」

リリィ:「ア……ソレモソウデスネ……。ジャア……イッショニ……コウチャヲ ノミマセンカ?」

ユウト:「マショウ!!」

(飲む速度が異常に早いユウト。リリィのカップがまだぬるい)

 

【ヴァイス&クーニャ】

ヴァイス:「イッショニ ベンキョウ シマセンカ?」

クーニャ:「ン〜……ベッドに イッショニ ハイリマス?」

ヴァイス:「その言い方は、やめなさい!」

クーニャ:「ニホンゴ、ムズカシイ〜。じゃ、ドーナツ、イッショニ タベマセンカ?」

ヴァイス:「それなら許可するわ」

 

 

「おおむね、いい感じだな。だが……」

タカシは腕を組む。

「“言葉でさそう”って、実はむずかしい。とくに、相手の気持ちを考えるとき」

 

そのとき。

リリィ:「ユウトサン、イッショニ ピーマン タベマセンカ?」

ユウト:「イイエ、タベマセン!」

 

「……!!」

教室の空気が、ピシッと凍りついた。

 

リリィの笑顔がスッ……と消えていく。

「……ゴメンナサイ。キライ ナ タベモノ、サソッテ……」

 

「ま、待って待って! ストップ! ユウト、ちょっとだけ前に出ようか」

タカシが間に入る。

 

「ユウト、それ……意味は合ってる。けど、日本語ではかなり“強い”言い方なんだよな」

 

「強い……のですか?」

「そう。“イイエ、タベマセン!”って断られると、“お前とピーマンなんて絶対ムリ!”みたいに聞こえることもあるんだ」

 

黒板に書く。

× イイエ、タベマセン!

〇 ゴメン、チョット ピーマンハ ニガテデ……

〇 タベタイ キモチハ アルンダケド……マタコンド!

 

「ニホンゴでは、直接的に“ノー”って言わないのが、相手への気づかいってわけ」

 

「なるほど……」

ユウトは真剣な表情でうなずく。

 

そのとき。

 

「センセ〜……“イケタラ イク!”って、そういうとき使うやつでしょ?」

と、クーニャがゆるく片手を挙げた。


「このまえ、宿のまえでおねーちゃんたちが話しててさ――“ねえ、あしたの市、いっしょにいかない?”って言われた子が、“イケタラ イク〜”って、すごいのびた声で返してた」


「……その子、たぶん絶対行かないやつだな」

タカシが笑いながら突っ込む。

 

「そうそう。でも、まわりも“あー、じゃまたねー”って、みんな笑ってたよ〜。たぶん、“行かないけど怒ってないよ”ってことだよね?」

 

「正解だ、クーニャ!」

タカシは思わず親指を立てた。


「“イケタラ イク”ってのは、『たぶん行かないけど、ノリ悪くなりたくない』ってときに使える、ニホンゴの“うっすら断る魔法”なんだ」

 

「ピーマンも、“タベタイ キモチハ アル”って言えば、キモチダケハ トドケラレル……!」

リリィがぽつりとつぶやく。


「優しい……リリィ、優しい……」

ユウトが目をそらしながら言った。

 

「“ことば”って、意味だけじゃなくて、気持ちの出し方まで関係あるんだよな」

「センセイ、イケタラ ドーナツ!」

「それ、もう完全に“イク気ないやつ”!」

 

 

その日の黒板のまとめ:

● “マセン”で きっぱり断ると つよくきこえる

● “ゴメンネ”“マタ コンド”で、やさしくできる

● “イケタラ イク”= ほんとは行かないけど、相手はキズつかない!

 

「ニホンゴ、やっぱり……むずかしいけど、やさしい」

「そして、やさしいけど、ムズカシイ」

「そして、ドーナツは うまい」

「それは正しい」

 

タカシは笑いながら、次の課のページをめくった。


【第7課:あげる・もらう】

(よし、次は「あげ・もらい」か……。また厄介な予感がしかない。)

 

――つづく。


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