【第24課】ブロッコリー タベテクレル?
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──朝、教師寮の部屋。
「……おお、もう24課か……」
タカシは机の上の《ミンナノニホンゴ》を手に取った。分厚い革装丁の教科書。その目次をめくると、「第25課」の文字が見える。
「最後の25課まであと2課。なんだかんだでここまで来たか……」
指でなぞった目次には、かつて現実世界でも目にした文法項目が並んでいた。あのときとは違う“意味”と“重さ”を、今は感じている。
(この教科書が終わったら、何かが変わるのかもしれない――いや、変わってほしい)
トーストをくわえながら立ち上がると、窓の外には澄んだ朝空。今日も教室が俺を待っている。
◆
──午前、教室。
「おはようございまーす!」
今日も元気な声が飛び交う中、タカシは黒板にこう書いた。
アゲル モラウ クレル
→ テアゲル/テモラウ/テクレル
「さあ、今日は“誰かのために何かする”っていう日本語の表現――“〜テアゲル・〜テモラウ・〜テクレル”を学ぶぞ!」
「復習もかねてるから、7課の“アゲル・モラウ・クレル”覚えてるか?」
ユウトが手を挙げる。
「“アゲル”は自分が“あたえる”、“モラウ”は“うけとる”、“クレル”は“だれかが自分にあたえる”!」
「“キモチノ ホウコウ”…ですね」セイアがうなずく。
「そうそう!じゃあ、今日はそれを“してあげる”“〜シテアゲル”“シテモラウ”の形で使ってみよう」
タカシは黒板に例文を書いた。
・センセイは ミンナに ニホンゴを オシエテ アゲマシタ。
・ミンナは センセイに ニホンゴを オシエテ モライマシタ。
・センセイは ワタシに ニホンゴを オシエテ クレマシタ。
「意味は全部“ニホンゴを教えた”だけど、“誰の視点か”で動詞が変わる。日本語って、“気持ちの方向”を大事にしてるんだな」
クーニャが手を挙げる。
「センセイ、ワタシ、“ドーナツ タベル”。ソレ、“アゲル”? ドーナツ ハ、ワタシノ タカラ!」
「いや、自分で食べるなら“アゲル”じゃないな。たとえば、リリィが嫌いなドーナツを代わりにクーニャが食べるんなら、 “タベテ アゲル”になるが」
「わたし、ドーナツ、キライジャナイ……」とリリィが思わず言う。
「……ウーン……ジャア、クーニャノ キライナ ブロッコリー タベテクレル?」
「うん、ブロッコリー、おいしいよ!タベテアゲル!」
◆
──ペアワーク
「じゃあ今からペアになって、“してあげたこと・してもらったこと・してくれたこと”を話してみよう!」
【リリィ&クーニャ】
「リリィが ネテイル ワタシヲ オコシテ くれました!」
「クーニャが ドーナツを ワケテ くれました!」
「リリィに アリガトウ イッタ トキ、“ワタシが リリィに エガオを アゲマシタ”!」
「ナニソレ?」
「キモチノ アゲモノ!」
( “アゲモノ”は……食べ物なんだがな・・・。)
【ユウト&セイア】
「セイアに こもんじょの マホウジを よんで モライマシタ」
「ユウトに マホウゴの カイシャクを して モライマシタ。あの“水のしるし”、ずっと不明だったのです」
「ボクが センセイに “やりすぎ”って いわれた トキ、セイアが “やすんで”って イッテ クレマシタ……」
「……それは、わたしの“きもち”の オクから出た言葉です」
【グンゾ&ヴァイス】
「グンゾが ワタシの マドウグを ナオシテ クレマシタ」
「マドウグ、ナオスの ニガテダガ、グンゾ ガンバッタ……」
「私はお返しに、ナニヲ “シテ アゲタラ”いい?」
「コンド ジショの ツカイカタを オシエテ クレ。」
教室には、静かな温度があった。
“してあげた”、 “言ってもらった”、“直してくれた”――どれも、小さな行為。
でも、それが“心”のやりとりになる。
◆
──放課後、黒板の前。
その日の授業が終わったあと、タカシは教室にひとり残って、黒板を見つめていた。
● 〜てあげる・〜てもらう・〜てくれる は、“気持ちの方向”をあらわすだれかの ために。だれかの おかげで。
(……こうして、少しずつ“言葉”が“心”をつなぐ)
彼はふと、机の引き出しから再び《ミンナノニホンゴ》を取り出す。残りはあと1課。ページをめくる手に、少し汗がにじんだ。
(……25課で、この教科書は終わる)
(それが――“帰るきっかけ”になるのかもしれない)
だがその思考をふいに断ち切ったのは、教室の扉をノックする音だった。
「センセイ!」リリィが顔を出す。
「“ツギハ 25カ”デスヨネ?」
「ああ、そうだ」
「……“キマツ シケン”モ ソロソロ?」
「あー、25課が終わったらあるよ。よく覚えてたな、リリィ」
「“キマツ”ッテ、コトバ ノ ヒビキ、チョット コワイ……」
「大丈夫だ。いままで、ちゃんと“くれた”じゃないか。勉強を頑張るって気持ちを」
「……タカシセンセイ ガ、“がんばって”って イッテ くれたら、モット がんばれます!」
「じゃあ、がんばれよ!」
「ワーイ! “イッテ クレマシタ!”」
リリィが笑顔で手を振って去っていく。
タカシはそっと、教科書の最後のページを指でなぞった。
(25課。次が、最後)
(そして――その先には、なにがある?)
――つづく。




