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【第24課】ブロッコリー タベテクレル?


──朝、教師寮の部屋。


「……おお、もう24課か……」

タカシは机の上の《ミンナノニホンゴ》を手に取った。分厚い革装丁の教科書。その目次をめくると、「第25課」の文字が見える。


「最後の25課まであと2課。なんだかんだでここまで来たか……」


指でなぞった目次には、かつて現実世界でも目にした文法項目が並んでいた。あのときとは違う“意味”と“重さ”を、今は感じている。


(この教科書が終わったら、何かが変わるのかもしれない――いや、変わってほしい)


トーストをくわえながら立ち上がると、窓の外には澄んだ朝空。今日も教室が俺を待っている。



──午前、教室。


「おはようございまーす!」

今日も元気な声が飛び交う中、タカシは黒板にこう書いた。


  アゲル モラウ クレル

→ テアゲル/テモラウ/テクレル


「さあ、今日は“誰かのために何かする”っていう日本語の表現――“〜テアゲル・〜テモラウ・〜テクレル”を学ぶぞ!」

「復習もかねてるから、7課の“アゲル・モラウ・クレル”覚えてるか?」


ユウトが手を挙げる。

「“アゲル”は自分が“あたえる”、“モラウ”は“うけとる”、“クレル”は“だれかが自分にあたえる”!」

「“キモチノ ホウコウ”…ですね」セイアがうなずく。

「そうそう!じゃあ、今日はそれを“してあげる”“〜シテアゲル”“シテモラウ”の形で使ってみよう」

 

タカシは黒板に例文を書いた。


・センセイは ミンナに ニホンゴを オシエテ アゲマシタ。

・ミンナは センセイに ニホンゴを オシエテ モライマシタ。

・センセイは ワタシに ニホンゴを オシエテ クレマシタ。


「意味は全部“ニホンゴを教えた”だけど、“誰の視点か”で動詞が変わる。日本語って、“気持ちの方向”を大事にしてるんだな」

 

クーニャが手を挙げる。

「センセイ、ワタシ、“ドーナツ タベル”。ソレ、“アゲル”? ドーナツ ハ、ワタシノ タカラ!」


「いや、自分で食べるなら“アゲル”じゃないな。たとえば、リリィが嫌いなドーナツを代わりにクーニャが食べるんなら、 “タベテ アゲル”になるが」


「わたし、ドーナツ、キライジャナイ……」とリリィが思わず言う。


「……ウーン……ジャア、クーニャノ キライナ ブロッコリー タベテクレル?」

「うん、ブロッコリー、おいしいよ!タベテアゲル!」

 


──ペアワーク


「じゃあ今からペアになって、“してあげたこと・してもらったこと・してくれたこと”を話してみよう!」

 

【リリィ&クーニャ】

「リリィが ネテイル ワタシヲ オコシテ くれました!」

「クーニャが ドーナツを ワケテ くれました!」

「リリィに アリガトウ イッタ トキ、“ワタシが リリィに エガオを アゲマシタ”!」

「ナニソレ?」

「キモチノ アゲモノ!」

( “アゲモノ”は……食べ物なんだがな・・・。)

 

【ユウト&セイア】

「セイアに こもんじょの マホウジを よんで モライマシタ」

「ユウトに マホウゴの カイシャクを して モライマシタ。あの“水のしるし”、ずっと不明だったのです」

「ボクが センセイに “やりすぎ”って いわれた トキ、セイアが “やすんで”って イッテ クレマシタ……」

「……それは、わたしの“きもち”の オクから出た言葉です」

 

【グンゾ&ヴァイス】

「グンゾが ワタシの マドウグを ナオシテ クレマシタ」

「マドウグ、ナオスの ニガテダガ、グンゾ ガンバッタ……」

「私はお返しに、ナニヲ “シテ アゲタラ”いい?」

「コンド  ジショの ツカイカタを オシエテ クレ。」

 

教室には、静かな温度があった。

“してあげた”、 “言ってもらった”、“直してくれた”――どれも、小さな行為。

でも、それが“心”のやりとりになる。

 


──放課後、黒板の前。


その日の授業が終わったあと、タカシは教室にひとり残って、黒板を見つめていた。


● 〜てあげる・〜てもらう・〜てくれる は、“気持ちの方向”をあらわすだれかの ために。だれかの おかげで。


(……こうして、少しずつ“言葉”が“心”をつなぐ)


彼はふと、机の引き出しから再び《ミンナノニホンゴ》を取り出す。残りはあと1課。ページをめくる手に、少し汗がにじんだ。


(……25課で、この教科書は終わる)

(それが――“帰るきっかけ”になるのかもしれない)


だがその思考をふいに断ち切ったのは、教室の扉をノックする音だった。


「センセイ!」リリィが顔を出す。


「“ツギハ 25カ”デスヨネ?」

「ああ、そうだ」

「……“キマツ シケン”モ ソロソロ?」

「あー、25課が終わったらあるよ。よく覚えてたな、リリィ」

「“キマツ”ッテ、コトバ ノ ヒビキ、チョット コワイ……」

「大丈夫だ。いままで、ちゃんと“くれた”じゃないか。勉強を頑張るって気持ちを」

「……タカシセンセイ ガ、“がんばって”って イッテ くれたら、モット がんばれます!」

「じゃあ、がんばれよ!」

「ワーイ! “イッテ クレマシタ!”」

リリィが笑顔で手を振って去っていく。


タカシはそっと、教科書の最後のページを指でなぞった。


(25課。次が、最後)


(そして――その先には、なにがある?)


――つづく。


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