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【第21課】 クーニャの涙 〜しんじてる ト オモイマス〜


──数年前、街の寄宿学校。


雨の夜、小さな部屋の片隅で、幼いクーニャは膝を抱えて泣いていた。

「……なんで、わたしだけ、ヘンなの……」


そのとき、そっと差し出された手。

「クーニャ、気にしないで。誰かに何か言われても、わたしはクーニャのこと、好きだから」


その少女は、優しく続けた。

「クーニャのこと、信じてる。わたしのことも、信じて」


その言葉だけが、長い間、クーニャを支えていた。



──今朝、市場の通りで。


買い出しの途中、クーニャはふと、目の前を通り過ぎた人影に息をのんだ。


(……今の、あの子……?)


記憶に刻まれた顔。あの頃、唯一の友だちだった少女。でも──


声をかけられなかった。


(わたしのこと、覚えてるかな。今の“つくった笑顔のわたし”を見て、どう思うだろう……)


足は止まったまま、何も言えず、すれ違ってしまった。



──その日の午後、授業は「〜ト オモイマス」「〜ト イイマス」の表現。


「今日は“考えや意見を言う”言い方を学ぶぞー!」

タカシが黒板に書きながら説明する。


 ・これは おいしい ト オモイマス。 

 ・あしたは さむくなる ト オモイマス

 ・せんせいは きょう しゅくだいが ない ト イイマシタ!?


「“〜ト オモイマス”は、“わたしは〜と思います”って、自分の考えや気持ちを言いたい時に使う。

 それと、“〜ト イイマス”は、人の言ったことを伝えるときに使えるんだ。」


生徒たちはにぎやかに例文を考えていたが、クーニャだけは手が止まっていた。


──「トモダチハ “しんじて”ト イイマシタ。


ふいに、昔の記憶がよみがえる。


◆──放課後の中庭。


授業が終わっても、クーニャは教室に戻らず、中庭のベンチにひとり腰かけていた。

夕暮れの風が、耳飾りをやさしく揺らす。


──“もっと、ふつうに話してみて?”

──“キャラ作ってるの?”

──“しんじて”


繰り返し頭に浮かぶ言葉たち。どれが本当で、どれが嘘だったのか。わからなくなっていた。


「……あの子に会って、なんでこんなに怖くなっちゃうんだろう」

「今の“わたし”って、あの子から見て……本当の“わたし”に見えるのかな……」

クーニャは、ぽつりと自分に問いかけた。



そのころ、学生寮のロビーでは、生徒たちがざわざわと集まっていた。


「……さっき、中庭で一人で座ってた」

「さすがに変じゃない? いつものクーニャなら『おやつパーティーしよ〜』とか言ってる時間だよ」

「元気なふりしてても、ぜったいなんかあるよ……」


セイアがポツリと呟いた。

「……わたし、気づいてました。最近のクーニャ、音の強さがちょっと違ってたから」


ユウトがうなずいた。

「オレ、“クーニャが つらそうにしてた コトガ アリマス”。その顔……あの時と同じだった」


「じゃあ、話を聞いてみよう。ちゃんと、ことばで」

リリィが、真剣な表情で立ち上がった。


◆──そして、中庭へ。


「クーニャ、大丈夫……?」リリィがそっと声をかける。

「……うん、ちょっとだけ、つかれただけ〜」

そう笑ってみせたクーニャに、ユウトがまっすぐ言った。


「……無理しなくていいよ。オレたち、そういうの、わかるようになってきたから」


クーニャは黙って、少しだけ目を伏せた。


そして──ぽつりと、口を開いた。

「……子どもの頃、わたし、ちょっと変わった話し方してたの。声も高いし、語尾も変で、“キャラ作ってる”って言われて、すごく嫌だった」

「でも、そのとき唯一、言ってくれた子がいたの。『クーニャの話し方、好きだよ。しんじて』って──それが、ずっと支えだった」

「さっき市場で、たぶんその子に会ったの。でも声、かけられなかった。今のわたしを見て、幻滅されたらって……怖くて……」


セイアが、静かに言った。

「わたし……クーニャの声、好きです。本当の気持ちが、ちゃんと伝わってくるから──変えなくていいと思います」

「わたしも」

「オレもだ」

「ぜったいに」


最後に、タカシが言った。

「言葉って、“信じて”って言うためにあると思うんだ」


──“しんじて”かつての言葉が、今、目の前の人たちからも届いていた。



その夜、クーニャは机に向かってノートを開いた。ゆっくりと書き始める。


 「わたしは、みんなを しんじてる ト オモイマス」


書き終えた瞬間、ぽとりと涙がノートに落ちた。

けれどその顔には、かすかな笑みが浮かんでいる。


──言葉は、信じてもらうためにある。あの日の言葉も、今日のみんなの言葉も──ちゃんと届いていた。



「センセ〜」

「ん?」

「ドーナツ食べたい」

「……このタイミングで!? いや、まあ……いいけどさ」

「やった〜〜♪」


クーニャは、いつもの調子で笑った。

けれどその笑顔は、どこか少しだけ、大人びていた。


──つづく


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