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【第20課】クーニャと素顔のキミ 〜 “ふつう”って何?〜


──放課後の教室。


「……クーニャ、今日来てなかったな」ユウトがふと呟いた。


「最近は真面目に出てたのにね。前はちょこちょこ休んでたのに、センセイが来てからは皆勤だったじゃない」

リリィが心配そうに言う。


「授業がきらいになったってわけじゃ、なさそうだな」ヴァイスが腕を組む。


「……“きらい”じゃないからこそ、来られなかったのかもしれませんよ」

セイアの言葉に、皆の視線が自然と黒板へ向いた。


そこにはまだ、今日の文法が残されていた──


<普通形>

 いきます → いく 

 いきません → いかない

 いきました → いった

 いきませんでした→いかなかった 



──数時間前。午後の授業。


「さて今日は、“普通形”をやるぞー!」

タカシが元気に板書する。


「今までは“〜ます”“〜です”っていう“ていねい”な話し方をやってきたよな?それを今日は“友だちっぽい言い方”──つまり“普通形”にしてみよう」


 いきます → いく 

 いきません → いかない

 いきました → いった

 いきませんでした→いかなかった 


「たとえば、『ごはん、たべますか?』じゃなくて、『ごはん、たべる?』みたいな感じ。カジュアルで、距離が近い関係で使える言葉だな」


「……でも、そんな言い方、近すぎると逆に失礼になったりしない?」リリィが手を挙げる。

「いいとこ気づいたな。実はそれ、日本語のむずかしいところでな。“ていねいすぎてもよそよそしい”、“くだけすぎてもなれなれしい”──ちょうどいい“言葉の距離感”が求められるんだ」


セイアが軽く頷いた。

「“音”だけじゃなく、“関係”もことばに現れる……ですね」


「その通り。“普通体”は、相手との“心の距離”を写す鏡みたいなもんだ」

「じゃあ練習してみようか。ペアになって、普通体で会話してみよう。“昨日なにした?”とか、“今日のごはんどうだった?”とか、何でもいいぞー」



──ペアワーク中。


タカシの号令で、生徒たちは二人一組になり、「普通形」での会話練習を始めた。


「きのう なに した?」「スーパーに いって、やさい かって、カレー つくった」「いいなー!」


にぎやかな声が教室中に響く中──


クーニャとリリィも、机を向かい合わせていた。

「クーニャ、“きのう なに した?”」「えっとね〜、“しごと してね〜、それから おそく ねた の〜”♪」

「うんうん、いいね。……あ、せっかくだし、もっと“普通形”で話してみて?“してね〜”とか“の〜”とかじゃなくて、“した”“ねた”って言い切る感じで」


「……えっ?」

クーニャの笑顔が一瞬だけ止まる。


──“もっと、ふつうに話せないの?”

すっかり忘れていた、あの言葉がよみがえる。


クーニャの表情が急にこわばったのを見て、リリィが慌てて補足する。


「いや、違うの、クーニャのニホンゴが悪いんじゃなくて、今は“文法の練習”だから、ちゃんと形を意識したほうが……」


「あっ、うん、大丈夫〜〜! わたし、がんばる〜♪」


クーニャはいつもの調子で笑ってみせた。だが、リリィが次の問いかけを始めたころには、もう彼女の心は少しだけ遠くにあった。



──その日の夜。学生寮の一室。


クーニャはベッドに座り、ノートを見つめていた。

「……“いく”と“いきます”。“いきません”と“いかない”。 

 いつも使ってる言葉なのに……なんで今日は、ヘンだったんだろう……」


ページには「たべる」「いく」「ねる」「ありがとう」「だいじょうぶ」……見慣れた言葉が並ぶ中に、ひとつだけ丸く囲まれた文字があった。


 “しんじて”


その瞬間、昔の記憶がふっと浮かぶ。


──「なにその話し方、キャラ作ってんの?」──「なんか、軽くて信用できないよね」

──「もっと、ふつうに話せないの?」


子どものころ、笑われた自分のしゃべり方。「軽い」「うそっぽい」と言われて、言葉を選ぶのが怖くなった。


「だから、“元気キャラ”でいれば、誰も何も言わないって思ってたのに……」


──「もっと“普通形”で話してみて?今日の授業でリリィがペアに言った何気ない一言が、胸に刺さっていた。


「……わたし、“ふつう”って、なんだろう」


彼女の声は、ひとりごとのように、夜の部屋に消えていった。


──つづく


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