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【第18課】セイアと心の響き 〜読むコトガデキマスか?〜


──授業前、まだ誰もいない教室。


セイアは一人、窓辺に立っていた。手には一冊の薄い文集。声を出さず、口だけを動かして、何かを繰り返し読んでいる。


「シズケサヤ イワニシミイル セミノコエ……」


呟くように読むたび、彼女の眉がわずかに曇る。“何かがわからない”という、理知的な違和感。


「……センセイ、“セミノコエ”って、なぜ“シズケサ”と一緒にあるんですか?」


突然の質問に、教室へ入ってきたタカシはきょとんとする。


「ん? ああ、その句か……松尾芭蕉だな。『奥の細道』の、有名なやつだよ」

「知ってます。でも──“シズケサ”の中に“セミノコエ”? 音があるのに、静けさ?」

セイアの表情は真剣だった。


「音がするなら、静かじゃないはずです。……音と意味が、逆に見える」


タカシは腕を組んだ。

「うーん……確かに、そうだな。でもごめん、正直、オレも古典とか俳句とかは、そんなに詳しくないんだ」

「……そうですか」


セイアは目を伏せたまま、そっと本を閉じた。



午後の授業。


「さて今日は、“辞書形+コトガデキマス”の文法をやるぞー」


黒板にチョークで書かれていく言葉。

・タベル コトガデキマス

・イク コトガデキマス

・ハナス コトガデキマス


「“〜できる”って言いたいときに使う言い方な。この“たべる”とか“いく”って形を“辞書形”って呼ぶ」


ユウトが首をかしげる。

「なんで“辞書”なんですか?」


「お、いい質問だ。辞書を開いたとき、動詞ってこの形で載ってるだろ?“たべます”でも“たべました”でもなく、“たべる”。だから“辞書形”。わかりやすいネーミングだよな」


「でも、最初は“ます形”で勉強したよね?」とリリィ。


「そうそう。『ミンナノニホンゴ』とか一般的な教科書では、最初に“ます形”から入ることが多い。丁寧で、活用も簡単だからな。でも文法が増えてくると、“辞書形”がベースになってくるんだ」


「へぇ……」

「さて、この形+“コトガデキマス”で、自分が“できること”を言える。たとえば──“ウタウ コトガデキマス”」


その言葉に、ちらりとセイアが視線を動かした。



「じゃあみんな、“できること”を1人ずつ言ってみよう」


「オレ、“はやく ハシル コトガデキマス!”」

「私は、“3日 イキル コトガデキマス!”」

「いや、それみんなできてるから!」


「……わたし、“ヨム コトガデキマス”。でも──“意味”がわかれば、もっと自然にできます」

「どういうこと?」


「──俳句を読んだとき、“いいな”と思う音は、たしかにあります。でも、“どうしてそう書かれたか”が、わからない。意味がつかめないと、心から“読む コトガデキマス”とは言えない気がして」


教室が少し静かになる。


「……でも、誰も正解は知らないんだと思うよ」とタカシ。

「え?」


「昔の人の心の中は、もう誰にも聞けない。けど、今を生きるオレたちが、それを“感じる コトガデキマス”なら──たぶん、それでいいんじゃないか?」


「……“感じる”だけで、いいんですか?」

「おう。それが詩だよ。わからなくても、心が動くなら、それはもう“ヨム コトガデキマシタ”って言えるんだ」


セイアは、ほんの少しだけ──目を細めて笑った。



放課後。セイアはひとりで、もう一度、あの俳句を読んでいた。


「しずけさや いわにしみいる せみのこえ」


「──“しずけさ”の中に、“こえ”がある。うるさいのではなく、染みるように……静けさを、深くする音。……そういうこと、なのかもしれませんね」


彼女の声は、小さいが、少しあたたかかった。


──つづく


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