表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/28

【第17課】グンゾの決意 〜ヒトヲ マモラナケレバ ナリマセン〜


──ある昼休み、教室の片隅。


「……だからオマエのその言い方がムカつくって言ってんだよ!」

「何よ、最初に茶をこぼしたのはそっちでしょ! ヒトのせいにしないでよ!」


クーニャとヴァイスが、机を挟んで睨み合っていた。小さなことがきっかけだったが、ふたりとも一歩も引かず、空気がピリピリと張りつめる。


こうした小競り合いは実はこれが初めてではなかった。性格も育ちも異なる異種族同士、ふとしたことで意見がぶつかることもある。とはいえ、ここまで激しい口論になるのは珍しく、教室内の誰もが戸惑っていた。


「や、やめようよ……」とリリィが止めに入るが、両者の言葉の応酬は止まらない。


そのとき。


「──やめろッ!!」


響いたのは、グンゾの怒鳴り声だった。

教室が静まり返る。


グンゾは、少し震えた声で続けた。

「……ケンカは、ヤメテクダサイ。そういうの、……よくない……」


珍しく真剣な顔で俯くグンゾ。その様子に、生徒たちは黙りこくった。


「……ゴメン」

ヴァイスがぽつりと呟き、クーニャも無言で頷いた。


(グンゾ……やればできるじゃん)タカシは思わず、彼を見直していた。



午後の授業。


「よーし、今日は“ナイ形”の勉強だ」


黒板に書かれたのは:

 〜ナイデクダサイ / 〜ナケレバナリマセン


「“食べない” “行かない” “しない”……否定の形だな。そこから“〜しないでください”って言えば、相手にやめてほしいことを伝えられる」


「“ここで タバコを すわないで ください”とか?」とセイア。

「そう、それでバッチリだ」


「“クーニャとケンカ しないで ください”……」と、リリィがそっとつぶやく。

「……う……」

クーニャとヴァイスが同時に目をそらした。


タカシは笑って誤魔化すと、改めて黒板に向き直った。


「“ナケレバ ナリマセン”は、義務の表現。やらなきゃいけない時に使う」


「“ベンキョウ シナケレバ ナリマセン”」

「“ゴミヲ ステナケレバ ナリマセン”」

「おおー、みんな、よくできてるな」


「そんな中、グンゾはふと真顔になる。

「センセイ……“ヒトヲ マモラナケレバ ナリマセン”って、これもアリか?」

「もちろん。どうした?」

「オレ、今日みたいに誰かがケンカしたとき、ちゃんと止めたいと思った。でも……ただ怒鳴るだけじゃなくて、もっと“伝えられる”ようになりたい」


タカシは少しうなずく。

「“やさしく止める”のも技術だからな。コトバで、相手を動かすってのは、簡単じゃない。でも、グンゾならできるよ。前より、ずっと“考えて話す”ようになってる」


グンゾは照れくさそうに頭をかいた。

「……ま、まだまだ べんきょう しなければ なりません、ってやつだな」


「その通り!」


放課後、夕陽の差し込む教室。生徒たちは帰り支度を終え、教室にはグンゾとタカシだけが残っていた。


「センセイ……ちょっと、話していいか?」

「ん? どうした?」


グンゾは窓の外を見ながら、ぽつりと口を開いた。

「オレがさ、このニホンゴ学校に戻ってきた理由──ちゃんと話したことなかったなって」


タカシは静かにうなずいた。


「王都の南区、《雷鉄炉ライテツロ》って工房、知ってるか?」

「うん、有名だよな。魔法具とか武器の製造で──」

「オレ、そこで一級職人だった。古代ニホンの技術で作られた魔法部品の修復とか、設計図の再現とか、そういうのやってた」


タカシの目が少し見開かれる。


「そっか……だから、そんなに器用なんだな」

「でもな──その設計図とか文献が、ほとんどニホンゴで書かれててさ。読めねぇのよ、全然。先代の親方は少し読めたけど、オレは……まったくダメで。“読めなければ なりません”って、本気で思った」

グンゾは少し苦笑しながら、頭をかいた。


「だから、最初は正直、必要に迫られて来た。ぜんぜん“学びたい”とかじゃなかった」


「……でも、今は違う?」

「うん。今はさ──楽しいんだ。みんなと話すのが」

グンゾは、机の上を見つめながら続けた。


「オレ、口下手で、母語もあんまりしゃべんねーし、ずっと“自分の言葉”ってのが、ない気がしてた」

「でも、ニホンゴ、勉強して……だんだん、言いたいことが言えるようになってきてさ。この前の“ハ〜ガ”とか、今日の“ナイデクダサイ”とか……言葉って、すげぇって思った」

彼の手が、ぎゅっと拳を握る。


「ただ道具を直すだけじゃなくてさ。“人との距離”も、こう……直せるっていうか、繋げられるっていうか」

そして、グンゾは静かに笑った。


「言葉を学ぶと、なんか心があったかくなるなって。……ちょっと、豊かになった気がするんだ。オレみたいなヤツでも」


タカシはしばらく何も言わず、グンゾをじっと見ていた。

そして、ぽつりと言った。


「……いいこと言うじゃん。その気持ち、ぜったい忘れんなよ。言葉ってのは、そういうもんだ」

「へへっ、忘れナイデクダサイってやつだな!」


ふたりは、笑い合った。


──つづく


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ