【第14課】ユウトの葛藤 〜 “テケイ”と、心のかたち~
──中間試験が終わって数日。
教室の片隅、窓から差し込む淡い光の中で、ユウト=カンジは静かにノートをめくっていた。開かれたページには整然と並ぶ動詞の活用表、その脇に綴られた細かな注釈。そして、その下に小さく書かれた一文。
「……“リュウチョウセイ、2/5”。……やっぱり、僕には“カイワリョク”なんて向いてないのかもしれない」
会話テストの結果は、彼にとって満足のいくものではなかった。文法の正確さ、語彙の知識では上位だった。だが、インタビューでは、感情が乏しく、自然なやりとりがぎこちないと評された。
(文法やカンジの研究に集中すればいい。……この教室をやめて、夜間修士課程に専念すれば、論文も進む)
そう思いかけては、教室での仲間たちとのやりとりが脳裏に浮かぶ。
(でも、なぜか……あの時間が、少し、楽しかったんだ)
ユウト自身、その矛盾した気持ちに気づかないまま、そっとノートを閉じた。
◆
「──よーし、今日は“テケイ”の勉強だ!」
教室に響くタカシの声が、ユウトの思考を引き戻す。
「“テケイ”とは 簡単に言うと、動詞の形の一つだ。ニホンゴの “⚪︎⚪︎ケイ" シリーズ はここからガンガン出てくるが、まずはこの “テケイ”をマスターすることが第一歩だ。」
※て形とは?
日本語の動詞の活用の中で、何かを頼んだり、動作をつなげたりする時に使う重要な形です。
たとえば:「食べて(タベテ)」「飲んで(ノンデ)」「遊んで(アソンデ)」など。
これから、動詞をグループごとに分けて、て形への変換ルールを学びます。
「“タベテ”“ノンデ”“アソンデ”……。今日は、動詞をグループに分けて、“テケイ”に変える!」
「グループ1、“イチリ”は、“ッテ”!」
「“洗います”は……“洗って”?」「“洗います”は、“洗って”ね」
板書の「ニホンゴ」の文字が教室の前方に並び、生徒たちは思い思いの方法で理解しようとしていた。
リリィ=フロスティアは、色鉛筆でグループごとに動詞を塗り分けながら、例文を小さな花のイラストで囲んでいた。
「“遊びます”は……“遊んで”。“話します”は……“話して”。うーん……かわいいフォントで書くと、覚えやすい!」
セイア=ミレシェルはというと、声に出しながらリズムよく活用を口ずさんでいた。
「“書きます、書いて”。“行きます、行って”……ふふ、音の流れが美しいわ。まるで水の波紋のよう」
「音の流れ、か……」ユウトはぼそりと呟いた。
(“行きます”が“行って”になる理由も、音のつながり……? それって、論理じゃなくて感覚じゃないか)
混乱しつつも、彼の中で何かがほぐれていく感覚があった。
◆
休み時間、タカシがユウトに声をかける。
「ユウト、どうだ? “テケイ”、慣れてきたか?」
「……構造は理解してます。でも、“行って”とか“死んで”とか、音が急に変化するのが……ちょっと、気持ち悪いんです」
「気持ち悪いって言うな(笑)でもな、それが“ニホンゴ”の“音の魔法”なんだよ」
「“音の魔法”……」
タカシは少し真面目な顔になる。
「文字やルールだけじゃなくて、“つながり”や“感覚”も、言葉の大事な一部なんだ。お前の研究も、それを知ってたらもっと深くなるぜ」
ユウトはその言葉に、ほんの少しだけ胸が揺れた。
「……考えてみます」
――つづく




