【第13課】センセイ ノ ユメハ、ナンデスカ?
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――評議会・大議事堂、補佐書記官執務室。
金の刺繍が施された濃青のマントを身にまとい、ヴァイスは書類を静かに整理していた。
「これは……通達文のニホンゴ版ですね」
彼女の声に、周囲の職員が小さく頷く。かつてはその場にいるだけで緊張していたが、今では一部の文書はヴァイス自身が校正を任されている。
母からの直接の言葉はなかったが――推薦を取り下げられることもなく、任命は正式に通達された。
“傍にいる誰か”が、彼女に新しい決意を与えていた。
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午後の《ニホンゴ特別教室》。
「ヨーシ、ミンナ! キョウハ 13課、“ホシイ・タイ”ノ ニホンゴ ダ!」
「“ホシイ”……“アマイモノ ガ ホシイ”!」
クーニャが元気よく手を挙げる。
「“タイ”……“ドーナツ ヲ タベタイ”!」
「はいはい、甘い導入ありがとう。今日は『希望』や『願い』を表す表現を学ぶぞ!」
タカシが黒板に書く。
● Nガ ホシイ(モノがほしい)
● Vタイ(行きたい、食べたい など)
「ここまで“ニホンゴ”も半分だ。13課が終わると、あと12課で25課だ!」
「……センセイ、“ハンブン”って……ナニカ、テスト ミタイナ コト、アリマスカ?」
ユウトが眉を上げて言う。
「うっ……よくぞ聞いてくれた!」
バン!とタカシが黒板の端に書き加える。
★チュウカンテスト(明日)
「明日は、これまでのまとめとして《中間テスト》をやるぞ! 筆記と、ちょっとしたスピーキングも含む予定だ!」
「ヒィィ……」「コワイ……」
「でも、その前に。今日は、みんなの“夢”や“やりたいこと”を日本語で話してもらいたい!」
◆
タカシが一人ひとりに問いかける。
「じゃあ、まずはリリィから!」
【リリィ】
「ワタシ……マホウヲ ツカッテ、ビョウキノ ヒトヲ タスケタイ!」
「……イシャサンニ ナリタイ、オネエチャン みたいに。」
「素敵な目標だな。じゃあ次は、グンゾ!」
【グンゾ】
「オレハ……ジブンノ イエ ノ タメニ、イチバン カタイ ハガネ ガ ホシイ!」
「ホシイ!」
「……タヨリニ ナル イエ、ツクルンダ!」
「ちゃんと前の課で習った”イチバン”も使えてるな!じゃあ次、セイア!」
【セイア】
「ワタシ……コトバデ ウゴク マホウヲ、モット シリタイ。ソシテ、ダレカノ ココロヲ、アタタカク スル コトバ ガ ホシイ……」
「……“キレイ”ナ モノ ヲ ツクル タメニ」
「うん、君らしいな。じゃあユウト!」
【ユウト】
「ワタシ……モット タクサン ノ コトバ ト ブンショウヲ、ヨミタイ。ソノ タメニ、ニホンゴ ノ ジショ ガ ホシイ」
「おお、ストイックだな! クーニャ、君は?」
【クーニャ】
「ワタシ、ニホンゴ ヲ オボエテ、ニホン ノ ドーナツ ゼンブ タベタイ!!」
「……それ、“ユメ”?」
「“ユメ”デス!」
「よし、最後はヴァイス!」
【ヴァイス】
「ワタシハ……ニホンゴ ノ コウシキ ブンショ ヲ、タダシク ツクレル ジシン ガ ホシイ。ソレガ、みんなのためになるなら。」
「うん、誇らしいな」
◆
「じゃあ、センセイハ? センセイ ノ ユメハ、ナンデスカ?」
不意の問いに、タカシが少し言葉を詰まらせた。
一瞬、教室のざわめきが遠のくように感じた。
――本当の夢は、“元の世界に帰る方法”を見つけること。
この異世界に来てから、ずっと探してきた唯一の道。
だがそれは、もし叶えば――ここで出会ったこの生徒たちと別れることを意味する。
(……まだ、それを話すわけにはいかない)
タカシは静かに息を吸い、そして明るく笑った。
「……オレの夢は、全員を“ニホンゴ マスター”にすることだ!」
「オー!!」「ゼッタイ ナリマス!」
「よし、じゃあそのために、明日の中間テスト……全力でがんばろうな!」
――つづく




