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【第11課】フタリ=ソバ ニ イル ヒト。

王立学園の昼休み。図書塔の片隅、薄暗い書庫室で、ヴァイスはひとり文書を綴っていた。


彼女は貴族評議会の書記官見習いとして日々働いているが、先日、若手補佐書記官への昇格候補に推挙されたばかりだった。表向きは栄誉とされる立場――しかし、その推薦が“自分の実力”ではなく、“母親の後ろ盾”によるものであることを、ヴァイス自身が一番よくわかっていた。


彼女の母は、評議会内でも一目置かれる存在であり、エルフの中でも政治手腕に長けた大公爵夫人。娘への期待は大きく、その強い意志が、無言の圧力となってヴァイスに降りかかってくる。


机の上の羊皮紙には、こう記されていた――


――評議会・補佐書記官推薦 辞退届。


推薦者の欄には、母の名。

「……“選ばれる”って、“望まれてる”ってことじゃないのよ」


小さくつぶやいて、ヴァイスはペンを置いた。




「ヨーシ、キョウハ“ジョスウシ”ダ!」


午後の《ニホンゴ特別教室》。


チョークを勢いよく走らせるタカシに、教室のテンションがわずかに温まる。


「“ヒトリ”“フタリ”“サンニン”“イチマイ”“イチダイ”……今日は“かぞえる”ニホンゴだ!」


「ジョスウシ……“マイ”ハ、ウスイ モノ、ペラペラナ モノ ノ カズ」

「“ニン”ハ、ヒト!」

「“ダイ”ハ、キカイ! ドーナツ ツクル マシンモ、“イチダイ”!」

「それは“ダイエットの敵”!」


元気な掛け合いが続く中、ヴァイスの様子だけがどこか冴えない。


「……センセイ、“ヒトリ”は“イチニン”じゃだめなの? “フタリ”は“ニニン”じゃないの? 覚えにくい……」


「え?」

唐突な問いに、タカシが思案する。


「イチニン、ニニンって言っても意味はわかるんだけどな……」


そして、タカシは懐から小型の語源辞典を取り出した。異世界で拾った魔導翻訳具つきのそれは、“ニホンゴ”の語の成り立ちを記した貴重な文献である。


「……ええと、“ヒトリ”……あまり情報は出てこないな……“イチニン”との違いは書かれてないか……」


パラパラとページをめくるタカシの指が止まる。

「あった。……“フタリ”って言葉、“はた”から来てるって説があるらしいぞ。」


「“ハタ”……?」

「“そばにいる人”って意味。“フタリ”って、単に“2人”じゃなくて、“そばにいてくれる存在”って感覚があるんだよな」


クーニャが「ワタシ、イツモ リョウテ ニ ドーナツ。イツモ ソバニ イル……ソレ、“フタリ”?」とニヤリ。


教室に笑いが広がる中、ヴァイスはそっとノートに書き込んでいた。


> フタリ=ソバ ニ イル ヒト。

> ソレハ、チョット コワイ。ダカラ、タノシイ。



授業後、セイアが彼女にそっと近づいた。


「ひとりで歩くのも素敵よ。でも、“ふたり”で歩くと、見える風景が変わるわ」


ヴァイスは一言も返さなかった。

けれど、その夜、彼女の手元にあった辞退届は……静かに破り捨てられていた。



――つづく


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