【第10課】カナヅチハ“イマス”? アリマス”?
――朝、教師寮の裏庭。
タカシが洗濯物を干していると、庭の井戸のあたりから何やら「ガンッ」「ガシャーンッ!」という音が響いた。
「おいおい、朝っぱらから何だ……魔物か!?」
慌てて駆けつけると、井戸のそばでグンゾ=アイアンベルクが逆さまになって転がっていた。
「……な、なんで逆さま?」
「オ、オレノ カナヅチ……!モノホシザオニ カケタラ……オチタァ!」
タカシが顔をしかめる。
「……いや、物干し竿に干すって発想がまずおかしいだろ! それ、鍛冶道具だぞ!?」
グンゾが仰向けで天を見たまま、なぜか誇らしげにうなずいた。
「……ダッテ、“カンソウ”ハ タイセツダロ?」
隣ではセイア=ミレシェルが、井戸の水をバケツで汲みながらくすっと笑っていた。
「朝から賑やかね、先生」
「いや、うん……これが俺の日常なんだ……」
◆
その日の授業開始前。
「よーし、今日はフィールドワークに行くぞ!」
タカシが教室に入るなりそう宣言すると、生徒たちが目を丸くした。
「フィールドワーク……?」
「教室ノ ソト、イクノ?」
「うん、今日は“〜ガ イマス/アリマス”を使って、実際に存在を観察しながらニホンゴを使ってみようってわけだ」
「オ〜! タノシソウ!」
クーニャが机の上でピョンと跳ねる。
「準備できた人から、裏庭集合! グンゾ先生が井戸でひっくり返ってるぞ!」
◆
【王立学園・中庭】
「さあ、ここにはいろんなものがあるぞ。生き物も、物も、植物も!」
タカシは手を広げて言った。
「ニホンゴでは、生きてるものには“イマス”。動かないもの、植物には“アリマス”。この違いが、ニホンジンの“ものの見方”を表してるんだ」
「でも、“キ”ハ……イキテマス? アリマス?」
リリィが木陰を指さす。
「植物も“イキテイル”けど、ニホンゴでは“モノ”として見る。だから“キガ アリマス”だな」
「……フシギ……」
「じゃあ、今からグループで“イマス”と“アリマス”を探して、文にして発表!」
タカシが手を叩く。
「校舎の外、池のまわり、魔導農園エリアも見に行っていいぞ!」
◆
【リリィ&ヴァイス】
「ミズノ ナカニ、サカナガ イマス」
「ミズノ ソトニ、ツリザオガ アリマス」
「ニホンゴ、メッチャ テイネイ……」
「気づいた?“イマス”は生き物を尊重してる。……日本語、好きよ」
【ユウト&クーニャ】
「ネコガ イマス!」
「ミケノ ヒゲ、カワイイ!」
「ドアノマエニ、マホウノツボガ アリマス」
「マホウノツボ……? それ、“ツボノ カタチシタ ゴミバコ”!」
「フン……フメイナ ブンカダ……」
【グンゾ&セイア】
「カベニ ハガネノ プレートガ アリマス」
「ソノ プレートノ エハ……ヒト ノ ヨウナ モノガ イマス」
「……ソレ、“ガクブチノ シャシン”」
「ナルホド!」
(※二人とも観察眼が偏っている)
◆
最後に、生徒たちが黒板にまとめた。
・イマス:ネコ、ヒト、サカナ(生きているもの)
・アリマス:キ、ツボ、イス、ドア(モノ・植物・場所)
→ サカナハ、イケニ イマス。デモ、オサラノウエニ アル……?
「そう、焼き魚は“アリマス”になる。俺たちニホンゴ話者って、こうやって自然と世界を“分類”してるんだよな」
タカシがうなずきながら言う。
「“イキテイル”って、動くだけじゃない。“心がある”とか“関係がある”って、そういう見えないものも“いる”って感じるんだ」
「センセイ……カナヅチハ、“イマス”? アリマス?”」
グンゾがカナヅチを持って尋ねる。
「えっ……ええと、モノだから“アリマス”かな」
「チガウ! コレハ、ココロヲ モッタ カナヅチダ! ダカラ、イマス!」
「……オマエノ アタマノ ホウガ イマセン」
◆
その日の最後、セイアが静かに言った。
「……“アリマス”と“イマス”、世界をどう見るか、というレンズなのね」
「そうだよ。ことばって、世界の見方を映してるんだ」
そしてタカシは思った。
(俺がこの世界に“イマス”ってことにも、たぶん意味がある)
彼はそう信じている――まだ見ぬ何かが“ここにアル”と。
――つづく。