冬ってのは嫌な季節だ
しいなここみ様主催「冬のホラー企画3」参加作品その2です。
冬ってのは嫌な季節だ。
長かった髪を短くしたせいか、マフラーを巻いていてもなんだか首筋が冷たい気がした。雪は積もっていないものの、路面は凍結してツルツルになっている。スケートリンクのようになってしまったそれの上は、踏ん張って歩かないとすぐ転んでしまいそうだ。ローファーで精一杯、地面を掴むように歩くがそれでもすってんと足を取られそうになる。
なかなか思うように進めなくてもどかしいが、ここで走ろうとするとますます危険になる。それに、歩くのに困難しているのは私だけじゃないのだ。他の学生だっておっかなびっくり、滑りそうな道路の上を歩き続けている。そう思った矢先に、私と同じ制服の学生が転んでしまうのが見えた。可哀想にと思っていたら地面から生えてきた白い手がひゅっと引っ込んでいくのが見えた。
あぁ、嫌だ。冬になると、足元がおぼつかないのをいいことにああやって文字通り人の足を引っ張り転ばせようとする輩が出てくるのだ。だから冬ってのは嫌なんだ、と私は辟易しながら学校に向かった。
冬ってのは嫌な季節だ。
ひゅう、とただ風が吹くだけで全身を切り裂かれそうなほどの寒さに襲われる。「木枯らし」は秋から冬にかけて吹く風のことで、木を枯らしてしまうほどの強い風を指しているらしいが真冬の風はそれ以上に凶悪だ。寒さを舞い散らせ、全ての温もりを根こそぎ奪い、生きとし生ける者を凍てつかせるような悪意すら感じられる。再び降り始めた雪を視界の端でわざわざ舞い散らせ、チラチラ踊らせるのも不愉快だ。視覚、聴覚、触覚とあらゆる感覚を用いて「冬」をこちらに突きつけてくる。
「うぅっ……寒い……」
思わずそう呟いたら、一際冷ややか風が吹き――同時に、人じゃない何者かの影が私の側を通り過ぎるのが見えた。
あぁ、嫌だ。冬になると、冷たい風が靡くのに合わせてこんな風に生者ではない存在が堂々と傍を通り過ぎる。だから冬ってのは嫌なんだ、と私はうんざりしながら校内に入った。
冬ってのは嫌な季節だ。
屋内に入れば、一時的に寒さを凌ぐことはできる。けど、外界との温度差は様々な悪影響を及ぼす。うっかり外に出てしまった時の、温度差によるショック。「換気」と称していきなり行われる、教師たちの無差別な窓の解放。熱い空気は上の方に溜まるので、頭の方はクラクラするぐらい温かいのに足元の方は冷たいというアンバランスな状況が自分の体で起こるのも嫌だ、正直具合が悪くなってくる。
そんな風に温度差によって影響が出るのは、何も人間の体だけじゃない。いつもは外の景色を見ることができるガラス窓が、今はすりガラスのごとく真っ白に曇っている。別にそのままでも怒られないが、こうやって窓が曇ると私は気になって仕方がないので、誰に言われるともなく自主的に窓を拭くようにしている。先生からは、「自分から掃除をやってくれるなんて偉い!」と褒めてもらえるのだけが唯一の救いだが……そうやって窓を拭いていれば、何かが目に留まる。
あぁ、嫌だ。冬になると、ガラスの内側が曇るのでこうやってイタズラ書きをする子どもが出てくるのだ。ここは高校で、手形は明らかに三歳児ぐらいの小さな手形なのだが……落書きするならせめて、誰もいないところにしてよ。そんな文句を零しながら、私は改めて「だから冬ってのは嫌なんだ」と溜め息をついた。
冬ってのは嫌な季節だ。
日が落ちるのが早いから、必然的に帰りはすぐ暗くなる。この時間帯はただでさえ「奴ら」に遭遇する可能性が高い時間だ。昼から夕方にかけて、薄暗くなってくることで相手の顔が見えづらくなり「あなたは誰ですか?」と聞くような時間であるという意味の「黄昏時」。その次にやってくる「逢魔が時」は、人の理解を超えた魔物に会いやすくなる時間帯であるということからできた言葉。昔からこの時間帯は、そういう「嫌な奴」と出会いやすい季節なのだ。冬になると、その時間帯が他の季節と比べて長くなりがちだから嫌になる……と考えていれば「よう」と男の子の声が聞こえてくる。
「相変わらず、ゆっこは冬が嫌いだな。せっかく雪女みたいに綺麗なんだから、冬を楽しまなくちゃもったいないだろ」
「雪女みたい、って……それ、褒め言葉のつもりで言ってんの?」
「いや、だって雪女ってサラサラロングヘアーの美人ってイメージだし、ゆっこのイメージに超ぴったりじゃん」
「……私、髪切ったから今はショートでしょ。それに幸雄にそんなこと言われても、ちっとも嬉しくないし」
言いながら私は、半分透けた中学生姿の彼を横目でじろりと見つめる。
あぁ、嫌だ。冬になると毎年、中学の時に事故で死んだかつての同級生・幸雄がこうして私の周りをうろちょろし始める。
たまたま余っていた予備の義理チョコを「近所に住んでいたから」という理由だけで分けてやったのが運の尽きだった。私に好かれている! と猛烈な勘違いした彼は死ぬまで私にちょっかいをかけてきて、死後こうして霊体になった後も冬になると必ず現れ私に付きまとっている。
特に私のロングヘアーが好きだったらしく、霊体になってからはここぞとばかりに私の髪へ馴れ馴れしく触ってくるのだ。それが嫌で、自慢のロングヘアーをばっさり切ってやったというのに……一応、幸雄はバレンタインにチョコをお供えしてやれば満足して一時的に消えてくれる。だが、それは裏を返せば「バレンタインが來るまでコイツがずっと私に取り憑いていた状態が続く」ということなのだ。
あぁ、嫌だ。冬になると私はこうして、死してなお一方的な愛を押し付けてくる男がアタックしてきてそれを退けるためにチョコづくりをしなければならなくなる。そりゃ友チョコ交換とかだってあるし、別にお菓子を作ること自体はそこまで苦じゃないのだがそれにしたって目に見えないストーカーが四六時中いつまでもついてくるというのはかなりのストレスなのだ。
そんな、誰にも相談できないストレスや愚痴が蓄積しては私の精神を摩耗させていくので――だから私は、「あぁ、本当に冬ってのは嫌な季節だ」と思わずにはいられないのだった。