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金持ちの青年と居候の少女  作者: 燈華
第一章 とにもかくにも日常編

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少女と青年2

今年もよろしくお願いします。

ちく、ちく、ちく。

慎重に針を動かす。

目を揃えて、揃えて。


ちく、ちく、ちく。

慎重に、慎重に。

糸を引くのは強くもなく弱くもなく。


ちく。

最後の一針を刺す。

玉止めして糸を切った。


「できた!」


ぱっと広げたところを横から(さら)われる。


「あっ」


浚われた先を見れば青年がいた。


「お、お帰りなさい」

「うん、ただいま」

「いつお戻りに?」

「ついさっきかな」

「そうなんですね。気づきませんでした」

「それだけ集中していたってことだね」

「そう、ですね」


青年が少女から奪った今しがた完成したばかりの刺繍入りハンカチをじっくりと見る。


「刺繍はまだまだだね」

「はい……」


だがそれは練習で刺したものだ。


「あの、返してもらえませんか?」

「何で?」

「何でって練習で刺したものなので」


青年はにっこりと微笑(わら)ってハンカチを(ふところ)仕舞(しま)ってしまった。

彼の行動に少女は思わずぽかんとしてしまう。


「え、何で?」

「何でって僕のために刺してくれたものでしょう? 僕がもらって当然じゃない」

「まだ練習ですし、差し上げられるものではありません。返してください。前もそう言って持っていってしまったじゃないですか」

「あれだった僕のものなんだから当然だ。大丈夫。いつも持っているから」

「何の(はずか)しめですか! やめてください。持ち歩かないで。もういっそ捨ててください」

「嫌だよ」

「何でですか?」

「だって僕のために刺してくれたんでしょう? 捨てるなんてあり得ないよ」

「で、でも下手ですし、練習用ですし。あれを差し上げるつもりはありませんでした」

「うん。でも君が一生懸命に作ってくれたものだよ? 捨てるなんてあり得ない。気持ちがこもっていて持っていると優しい気持ちになれるんだ」


そこまで言われてしまうと無理に取り返すこともできない。

青年が少女の手を取り、怪我をしていないか丹念に確認する。


「うん、怪我はしてないね」

「そこまで不器用ではありませんよ」

「でも刺繍の腕はよくないよね」

「あれは慣れていないだけで。れ、練習すればうまくなる、はずです」

「うん。そうだね。君は頑張り屋さんだから上手くなると思うよ。今日のは前回のよりもよくなっていたから。でも慣れてないって言っているけど針を持つ手は危なっかしくはないね」

「ああ、ぬいぐるみくらいは作ってましたから」

「ぬいぐるみなんて作れるの?」

「はい。生まれたばかりの弟にも作りましたし。何でそんな疑いの目で見るんですか?」

「いや、信じられなくて」

「ひどいです。何なら作って差し上げましょうか?」

「うん、楽しみにしているよ」

「え、本気ですか?」

「冗談だったの?」

「いえ、お望みなら作りますけど。趣味じゃないですよね?」

「君が僕のために作ってくれるものなら何でも嬉しい」

「わかりました。なら作りますね」

「ありがとう。楽しみにしているよ」




読んでいただき、ありがとうございました。


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