7. ブレント・再(2)
「それでは、クレヴァリー家の相続手続きを始めます。まず相続人の方、お名前を」
「シャーロット・クレヴァリーです」
思惑通り、公証人は疑いを持たなかったようである。クリフォードは彼女の一挙手一投足を見守っていた。何も言わないところを見ると、彼も本物のシャーロットだと思っているのだろうと、ブレントは内心安堵する。
偽シャーロットの歩き方や話し方はレイラに指導させた。付け焼き刃だが、それなりには様になっている。とはいえ、長居すればボロがでるかも知れない。
さっさと手続きを済ませねば。
「間違いありませんね。ではシャーロット様、ここに署名を」
偽シャーロットはしずしずと前に出てサインをした。
ここ一週間、あの娘には散々署名の練習をさせ、シャーロットと寸分違わぬ文字を書くように仕込んだ。多少違っていても、子供の頃と書き方が違うのは当然、と押し通すつもりだった。
公証人はシャーロットの以前の署名と見比べ「同じ署名であることを確認しました」と述べた。
「これでシャーロット様は、クレヴァリー家の財産の全てを相続したことになります。それでは、印章の授与を行います」
公証人ベルナールの秘書が、金庫のような物を出してきた。
「こちらに印章が保管してございます。これは、相続者にしか開けることが出来ません」
「っ……」
驚きのあまり、ブレントは声を出しそうになった。
印章。多額の取引きなどの際に必要となる、貴族家の紋章である。
ブレントは伯爵代理となった際、一番にそれを探した。だが、前の執事は「公証人に預けております」と素っ気ない答えを返したのだ。
相続とともに受け取れると思っていたのに、まさかそんな絡繰りがあったとは……。
「シャーロット様、こちらに手を」
おろおろとブレントの方を見る偽シャーロットだったが、反応しないブレントを見て是と捉えたのか、金庫へ手を伸ばした。
娘が金庫の扉に触れたとたん、魔法陣が浮かび上がる。だがすぐに魔法陣が赤く染まり、彼女の手を弾き飛ばした。
「きゃっ!」と悲鳴を上げて倒れそうになった偽シャーロットを、クリフォードが抱き抱える。
彼は伏せていた娘の顔をまじまじと見て「よく似せてあるが……シャーロットではない」と憎々しげに呟いた。
「どういうことですか、ブレント伯爵代理?」
「こ、これは何かの間違いです。この娘は間違いなく私の姪です!」
「王宮魔導士が組んだ魔法陣に誤りがあると?それは一大事だな。過去に法務部が行った相続手続きが、全て無効と言うことになるが」
そう答えるクリフォードはどこか楽しそうだ。彼が「入れ」と外へ声を掛けると、なだれ込んだ衛兵がブレントを捕らえた。
「ブレント伯爵代理。いや、子爵か。貴様にはクレヴァリー家の財産横領の疑いが掛けられている」
後ろ手を掴まれ、床に膝をついたブレントの前でクリフォードが書類をひらひらとさせる。
「それは我が家の帳簿……盗んだのだな!貴様こそ窃盗犯ではないか」
「これはクレヴァリー家の者から、正式に借り受けたのだ。窃盗ではない」
(家の者?まさか、執事が裏切ったのか……?あるいは使用人の誰かが)
「この5年でずいぶんと散財しているようだな」
「それは、シャーロットの頼みで」
「ほう?ドレスや宝石類はまだ分かるとして、男性用の礼服に新しい馬車、娼館の領収書もあるな。これもシャーロットが頼んだのか?」
「い、いえ。あの娘が我々に使って良いと言ったのです。シャーロットは優しい娘ですから」
「それでは、これは何だ?」
クリフォードが差し出した書類。それは、土地の売買証明書だった。
現金のほとんどを食いつぶしたブレントは、伯爵家の土地を別の貴族に売って大金を手にしたのである。
王家から受領した土地の売買には、必ず印章が必要となる。売買証明書にはクレヴァリー伯爵家の印章が押印されていた。
「印章は前伯爵の逝去より今日まで、金庫の中にあった。書類の日付は一年前だ。印章の偽造が大罪であることくらい、貴様も知っているだろう」
もはや言い逃れはできず、ブレントはがくりと首を落とした。