6. ブレント・再(1)
庭園から甲高い笑い声が聞こえてくる。娘のエレインだ。頬を染め、隣に座る青年へ盛んに話しかけている。
「まだ居座っているのか、あの男は」
ブレントは苛つきながら呟いた。あの男とは、シャーロットに会いたいと言って突然訪ねてきたクリフォード・カーヴェル侯爵令息だ。
シャーロットの不在はこの家の者しか知らない。母親は隣国の子爵家の出身であるがどうやら複雑な家庭事情らしく、実家とは縁を切っていたらしい。さらにシャーロットは社交界へほとんど顔を出していないため、友人もいない。だから油断していた。
まさか、シャーロットをわざわざ訪ねてくるような知己がいるとは。
ひと目だけでも会わせて欲しいと食い下がるクリフォードを「実はシャーロットは寝込んでおるのです。熱で顔が腫れ上がっていて、とてもお会いできるような状況では……」と往なしていた所に、娘が帰ってきた。
エレインはクリフォードを一目で気に入ったらしい。「侯爵家のご令息がわざわざ足を運んでくださったのに、追い返すなんて!」と彼をお茶の席へと連れて行ってしまった。
確かに見目は良い男だ。側近として、王太子殿下の覚えもめでたいと聞く。あの様子を見るに、エレインから寄せられる好意に対してクリフォードの方も満更ではなさそうだ。
「まさか、伯爵家の婿の座を狙っているのか?」
彼も、ブレントが伯爵位を継いだと勘違いしているのかも知れない。それならエレインに対する態度も頷ける。シャーロットがダメならエレインを落としてやるという算段だろう。
だがクレヴァリー伯爵家を継ぐのは、シャーロットの婚約者であるレナードだ。エレインの婿となる男が貰えるのは、ブレントの持つ子爵位だけ。次男とはいえ侯爵家の令息を、子爵家の婿にはできまい。
それを知ったら、クリフォードは悔しがるかもしれないな。
あのスカした顔が恥辱に歪む様は見てみたい気もするが、今はそれどころではない。シャーロットの相続手続きは来週なのだ。余計なトラブルを引き込むのはごめんだ。
「ゴーチェ!奴を帰らせろ。来客があるとでも言っておけ」
「畏まりました」
出て行く執事を見送ったブレントは、書類棚の戸が開いていることに気付いた。
「あいつが閉め忘れたのか?ここには大事な書類が入っているというのに」
念のため、棚の中を検める。相続に関する書類が在ることを確認したブレントは、乱暴な音を立てて棚を閉めた。
「これはブレント様、お忙しい中こちらまでお越し頂き申し訳ございません」
「お久しぶりです、ベルナールさん。いやいや、大切な手続きですからな。私が出向くのは当然ですよ」
一週間後。ブレントは相続手続きのため、王宮の法務部を訪れていた。
この場にいるのは公証人ベルナールとその秘書とブレント。そしてもう一人、シャーロット――の偽者である。
その正体はエレインの友人家の使用人だ。娘の言うとおり、確かに顔立ちや背格好はシャーロットによく似ている。髪は銀色に染め、ドレスを着せ顔を伏せれば、貴族令嬢に見えなくもない。公証人とは数回しか会ったことがないらしいから、シャーロットと見間違えるだろう。
相続が終わったら彼女をレナードと結婚させる。これも書類上だけだ。そして口止め料を渡してあの娘は放逐し、シャーロットは病気で死んだことにする。
その先を想像してニンマリとした笑みが浮かびそうになり、ブレントはあわてて顔を引き締める。
そこへノックの音がした。入ってきた男を見てブレントはあっと息を呑む。
(なぜ、あの男が……?)
それは、クリフォード・カーヴェル侯爵令息だった。
「失礼ですが、なぜカーヴェル侯爵令息がここに?今は相続手続きの最中です。部外者に立ち入られるのは」
「俺は立会人だ。王太子殿下より、相続を見届けるよう指示された」
「なっ……なぜ王太子殿下が?」
「クレヴァリー伯爵家は、古くは王家の血をも継ぐ名門だ。その相続を重要視されるのは当たり前だろう。それとも、俺がいては問題でもあるのか?」
「いえ、そういうわけでは」
ブレントは焦った。彼はシャーロットをよく知っているのだ。偽者だとバレてしまうかもしれない。