5. クリフォード
「クレヴァリー伯爵令嬢が行方不明?」
「はい」
クリフォード・カーヴェル侯爵令息は、主君であるアルバート王太子の問いに頷いた。
この若き王太子の優秀さは、貴族たちの間でも評判だ。それに傲らず常に研鑽を重ねる努力家でもある。学生時代から公務に携わってきた彼へ側近として仕えていることを、クリフォードは誇りに思っている。
「貴族令嬢の家出は、別段珍しくない。それをわざわざ報告してくるという事は、何か裏があるということだね」
アルバートの言う通りだ。令嬢が行方不明騒ぎを起こすのは、よくある話である。身分の低い男と駆け落ちしようとしたとか、親と喧嘩したとか、そういう理由だ。だが所詮は世間知らずの娘のやること。金が尽きればノコノコと戻ってくる。
「伯爵代理夫妻は彼女を虐待しているようです。シャーロットの侍女が証言しました」
「侍女が虚偽を述べている可能性は?」
「クレヴァリー家の使用人に聞き込みを行いました。侍女の証言と一致しています」
「へえ。よく聞き出せたね」
貴族の家に長年仕えている使用人ならば、おいそれと主家の内情を漏らしたりはしないだろう。だが伯爵夫妻が亡くなったあと、使用人のほとんどが入れ替えられたらしい。
新しい使用人は主人に対する忠誠心など微塵も持っていないらしく、金を積めばホイホイと事情を話した。
「信憑性はあるようだ。だが、それだけでブレント・クレヴァリー伯爵代理を捕らえることは出来ない。お前も分かっているだろうが」
王家といえど、貴族の家の内部で起こっていることに対して干渉はできない。躾と答えられればそれまでだ。
「幼馴染のシャーロット嬢を助けたいのは分かるが、我々の抱える案件は他にも山ほどある。俺が介入するほど優先度が高い事件とは思えない」
「実はブレントの財産管理に怪しい点があります。必要経費を差し引いても、かなりの浪費をしているようで」
「伯爵代理の立場をいいことに、本来シャーロット嬢が受け取るべき財産を使い込んでいるということか」
「はっ」
「分かった。クリフォード、一週間やろう。ブレントを捕まえられるだけの証拠を掴んでこい」
「ありがとうございます!」
クリフォードは王太子に一礼して退室した。
シャーロットの侍女、コリンナがカーヴェル侯爵家を訪れたのは昨日のことだ。彼女は主の現状を訴え、クリフォードに助けを求めたのである。
シャーロットとクリフォードは幼馴染だ。母親同士が親しかったことから、顔を合わせる機会が多く、そうこうするうちに仲良くなった。
幼いクリフォードは人より賢い故に他者を見下す癖があった。だがある日、ゲームでシャーロットにこてんぱんに負かされたのである。
それは単語を使った遊びであり、その結果はシャーロットの教養の高さを示していた。
だけど彼女は決して、クリフォードを見下すようなことはしない。いつしか、優しく気高い彼女へ憧れるようになった。
成長するにつれ、二人はあまり顔を合わせなくなった。数年ぶりに再会したのは、とある貴族邸で開かれたパーティへ参加した時のことだ。クレヴァリー伯爵夫妻と共に現れたシャーロット。美しい淑女へと成長した幼馴染を目にした瞬間、クリフォードは自分の恋心を自覚した。
ちょうどその頃である。カーヴェル家に跡継ぎ争いが起こったのは。
クリフォードには腹違いの兄がいる。彼はカーヴェル侯爵の前妻の息子だ。侯爵は兄を跡継ぎにする腹づもりだったが、現妻は息子のクリフォードに継がせたがった。侯爵と妻との諍いはカーヴェル家の寄り子である下位貴族を巻き込み、泥沼化した。
兄は優秀で、次期侯爵として申し分がない男だ。クリフォードは元々、次男の自分が跡継ぎになるつもりなど毛頭無かった。醜い争いに心底嫌気がさしたクリフォードは、跡目は兄に譲ると宣言し、他国へ留学したのだった。
シャーロットの事が心残りではあった。
しかし実家がごたついた状態で、彼女へ求婚できるはずもない。帰国したら彼女へ会いに行こうと思っていた。
クレヴァリー伯爵夫妻が亡くなったことを知った時、彼は留学中だった。帰国し弔問へと赴いたクレヴァリー家で、シャーロットとレナードが婚約したことを聞かされたのである。
その後、彼女に会ってはいない。婚約者の決まった令嬢へ付き纏うほど、クリフォードは愚かではない。
シャーロットが他の男のものになると思うだけで、胸を掻きむしりたくなるくらい苦しかった。
それでも、彼女が幸せに過ごしているのならそれでいい。
そう思って耐えてきたのだ。
だからコリンナから聞き出した内容は、クリフォードにとってとうてい許せるものではなかった。
(シャーロット……。姿を消してしまうほどに君を追いつめた奴らを、俺は決して許さない。必ず相応の報いを受けさせる)