4. エレイン
エレイン・クレヴァリーは幼い頃、本気で自分をお姫様だと思っていた。ふわふわで栗色の髪にくりっとした瞳、ちょっとおしゃまな性格。愛らしい彼女は、大人たちにとても可愛がられた。
その自信が打ち砕かれたのは、親に連れられ初めてクレヴァリー伯爵家を訪れた時のことだ。
一歳年上の従姉妹、シャーロットと出会ったエレインは衝撃を受けた。
美しくたなびく銀の髪、深い海のような碧色の瞳。伯爵令嬢という身分。着ているドレスから小物に至るまで、全てが自分のものより数段上質だ。
自分を中心に回っていると思っていた世界は、あっけなく崩れ去った。
今まで自分を溺愛していると思っていた祖父母は、シャーロットの方をより可愛がっていた。
彼らからすれば、伯爵家の跡継ぎであるシャーロットを立てるのは当然だろう。だが、幼いエレインにそんなことは分からない。ただ同じ孫であるのに差別されているという不満だけが胸を支配していた。
だから伯父夫婦が亡くなったとき、エレインは狂喜乱舞した。
これで自分が伯爵令嬢になる。シャーロットがいた場所に、自分が立てるのだと。
伯爵家へ越してきてからすぐに、エレインはシャーロットの持ち物を奪い取った。彼女の部屋も、ドレスも。母の形見という宝石類も取り上げてやった。
シャーロットが悲しそうな表情を浮かべる様を見る度に、エレインの心は喜びに満たされる。
もっとその顔が見たくて、嫌がらせをした。使用人に命じて腐った食事を与えたり、彼女の衣服だけは洗濯させなかったり。転んだ振りをしてシャーロットのスカートを破ったこともある。
両親は娘の所業に対して、見て見ぬ振りをした。兄のレナードだけは「俺たちがここにいられるのは、シャーロットがいるからだよ。あまり酷い扱いをしない方がいい」と窘めたが、エレインは納得しなかった。
「何で?シャーロットはただの居候じゃない」
レナードは何度か彼女の勘違いを指摘したけれど、エレインは信じなかった。
(だって、お父様もお母様も、私が間違ってるとは言わないもの)
だから、勘違いしているのは兄の方だ。エレインはそう思い込んだ。
「ああ、困った……」
兄の浮かない表情が気に喰わない。ようやく、あの鬱陶しい従姉妹が消えてくれたというのに。
「あの子に行くところなんて無いでしょう。心配しなくても、そのうち帰ってくるわよ」
「だけどもう一週間ですよ、母上。もし誰かに拐かされていたら」
「いいじゃない、お兄様。もうあの女と結婚しなくても済むんだから」
「そういう訳にはいかないんだよ。もうすぐシャーロットは成人なんだ。そうしたら、相続の手続きをする必要がある」
父が伯爵位を継いだと信じて疑わないエレインは、兄がシャーロットと婚約しているという事実も不満だった。
(きっと、お兄様は優しいからシャーロットを気遣っているんだわ。あんな女、放り出すか、どこかの後妻にでも嫁がせてしまえばいいのに)
「エレインがシャーロットの振りをすればいいじゃない」
「背格好も顔も、全然違うでしょう。公証人はシャーロットを見知っているのだから、すぐにバレますよ」
鷹揚に答える母に、レナードが冷静に指摘する。
「友人の家に、シャーロットにちょっと似た使用人がいたわ。その娘を使ったらどう?」
「あら、いいじゃない。相続と書類上の婚姻だけ済ませたら、そっくりさんにはお引き取り願えばいいわ」
「そんな簡単に……いや、それもありか……?」
レナードはぶつぶつと呟きながら考え込んだ。
これでシャーロットが戻ってきたとしても、もうこの家に居場所はない。それを知ったら、彼女はどんな風にあの美しい顔を歪めるだろうか。
その様子を考えただけでぞくぞくする。
(もう、あの女の部屋も要らなくなるわよね。めぼしい物はとりあげたと思うけど、もう一度漁っておこうっと)
エレインは上機嫌でシャーロットの部屋へ向かった。