後日談~アルバート
「君がクレヴァリー伯爵令嬢か」
「はい。王太子殿下にお目通りかないまして、恐悦に存じます」
「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。楽にして」
王太子アルバートの前には、緊張した様子のシャーロットと、それを微笑ましそうに眺めるクリフォードがいる。
室内には王太子の側近と護衛騎士の他、クリフォードの父であるカーヴェル侯爵の姿もあった。
「ふふっ、確かに麗しい女性だ。クリフォードはね、結構ご婦人に人気があるんだよ。そんな彼が一途に想いを寄せていたというご令嬢に、一度会ってみたかったんだ」
「殿下!余計な事を言わないで下さい」
真っ赤になった側近は放っておいて、アルバートはシャーロットを眺めた。
彼女と直に会うのは初めてだ。確かに美しい令嬢である。気品有る所作に、鈴の鳴るような声で紡がれる言葉は流麗だ。淑女として申し分ないといえよう。
だが、美しく気品ある女性などアルバートは山ほど見知っている。貴族のご令嬢ならば、このくらいの美女は珍しくない。
「シャーロット。クレヴァリー家の領地、いや元領地では果物がよく採れるが、生のままと加工したまま、どちらが良いと思っているかい?」
「あ……はい。どちらが良いとは申せません。生のままですと手間も要りませんから採算性は高いですが、色や形によってどうしても破棄せざるを得ないものが出てきます。それらを加工することで余剰分を消費できますので、どちらか一方にすべきとは思いません」
「ふむ。販売先は国内のみとしているね。国外ルートは考えていないのかい?最近は氷魔法により新鮮さを保ったまま運べる方法も確立しているが」
「周辺国では、リッイ国産の高品質な果物が出回っています。わざわざ魔法士を雇い、長距離を運搬してまで売るメリットがないと思います。ただ我が領地の加工技術には誇るべきものがあると自負しております。加工品なら日持ちもしますから、いずれはその販路を拡大できれば良いとは考えておりますが」
(……なるほど。なかなか賢い娘のようだ)
領地に関する知識は学んだものとしても、突然の質問に対して即座に答える頭の回転の早さや明瞭で分かり易い話し方は、シャーロットの優秀さを物語っている。
それに、伯爵邸から帳簿類を持ち出したのは彼女らしい。どうやったかまでは聞いていないが、なかなかに度胸もあるようだ。
「二人に結婚の意思があることは、カーヴェル侯爵から聞いている。だがクレヴァリー伯爵家が無くなった今、シャーロットは平民だ。次男とはいえ、侯爵家の息子に嫁ぐのは難しいだろう」
アルバートは組んでいた足を戻して座り直し、声のトーンを落とした。
「先日お話しした通り、俺がシャーロットと結婚する意志に変わりはありません」
「シャーロットはそれでいいのかい?クレヴァリー家の醜聞は貴族界に知れ渡っている。貴族でいることは、君にとって茨の道だろう。本当に後悔しないか?今なら、君に相応しい嫁ぎ先を探すことも出来る」
「いいえ、私はクリフォード様の妻になることを望んでおります。この先の困難も覚悟の上です」
シャーロットは王太子の目をしっかりと見て頷く。その瞳には強い意志が宿っていた。
これ以上の意地悪はやめた方が良さそうだ。
それに、先ほどからクリフォードが射殺しそうな目でこちらを見ている。全く……主君に対して殺意を向けるんじゃない。
「分かった。ならば二人の結婚を認めよう。……カーヴェル侯爵、君の家は伯爵位も持っていたな」
「はい。嫡男は侯爵家を継ぎますので、伯爵位はクリフォードへ渡す予定です」
「ならば、領地が必要だな?」
シャーロットが息を呑んだ。
その場にいた全員、王太子の言いたいことを察している。
「カーヴェル侯爵。二人が領主として十分やっていけると判断したら、元クレヴァリー伯爵領をクリフォードへ与える。それまで指導をよろしく頼む」
「畏まりました、殿下」
シャーロットがいかに優秀といえど、成人したばかりで世間知らずの娘だ。ボロボロになったクレヴァリー伯爵領の立て直しは手に余るだろう。そこをずる賢い貴族たちに付け込まれる可能性もある。だがカーヴェル家の爵位ならば、侯爵家の寄り子となる。貴族たちも手は出せまい。
「殿下。彼女はお眼鏡に適いましたかな?」
若い二人が退室した後、カーヴェル侯爵がアルバートへ問いかけた。
「ああ。聡明な女性だ。クリフォードが気に入るわけだな」
「それはようございました。我が妻もシャーロットをいたく気に入っておりましてな。亡き友の分も彼女を支える!と息巻いております。おかげで、夫婦の会話が増えました」
跡継ぎ争いの終結後、カーヴェル侯爵夫妻の仲が冷えているのは社交界でも有名な話である。シャーロットのおかげで仲が修復できそうなら、それは喜ばしいことだ。
「東方には『子供は夫婦の鎹』という言葉があるらしい。この場合は、嫁がカーヴェル夫妻の鎹というところだね」
「ははは、これは上手いことを仰る」
アルバートの冗談に笑う侯爵も、どことなく嬉しそうだ。
これから先も、シャーロットには数多の苦難が訪れるだろう。だけどあの二人なら、きっと大丈夫だ。




