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99.国王の警告

「はあ…………」



翌朝、目の下にクマを作ったアルクは大きくため息をついた。



「おい、どうしたんだよ?眠れなかったのか?」


ウィルが問いかけると、アルクはまた深いため息をつく。


「うん、ちょっと…………ソフィアがこっちの部屋に来て………」



アルクはぼそぼそと呟く。

その時ソフィアは洗面所に行っており、アルクの傍にはいなかった。



「ああ、なるほどな。しかしお前、ソフィアの奴にはっきり断ったのかよ?」

「え?断るって何を………」

「だってあいつ、明らかにお前のことが好きだろ。その気がないならちゃんと断ってやれよ」

「ええ、でもソフィアはまだ子供だし、それに………」



アルクは周囲を見回し、まだソフィアが戻っていないことを確認する。



「それに僕のことはきっと、亡くなったルアンお兄さんの姿と重ねてるんだよ。確かに結婚したいとは言われたけど、ほら、小さな子ってよく、お父さんやお兄さんと結婚するって言うじゃないか。ソフィアの場合もきっとそうだよ。恋愛感情とは違う………」



アルクがそう言うと、ウィルは小さくため息をつく。

そしてアルクの背中をパアンと叩いた。


「あまり子ども扱いしない方がいいぞ。ま、そのうちちゃんとけじめは付けろよ」


「ねえ、そう言うウィルはどうなんだよ?」

「どうって何がだよ」

「エレーナさんのことだよ!初対面で急に好きだなんて言って………あれって、本気なの?」



アルクの問いに、ウィルは真面目に答える。



「ああ、冗談であんなこと言う訳ないだろ。……まあ確かに、ちょっと急すぎたとは思うが……」

「ねえウィル、この世界に残りたいなんて言わないよね?」



アルクはウィルの服を掴み、じっと顔を覗き込む。


ウィルはしばらくポカンとしていたが、急に笑い出した。



「あはは、お前、そんなこと気にしてたのかよ!んなこと言う訳ねーだろ、俺だって分かってるよ!」

「そう……ならいいんだけどさ………」




二人の会話を、ソフィアと共に洗面所から戻ったエレーナは耳にしていた。

そしてその胸ではまた様々な考えが去来する。



『じょ、冗談ではない……。てことはやっぱり本気なのね?でも待って、この世界に留まることはできないんだし、もしかして都合の良い女だと思われてるんじゃ……。そうよ、きっと一時的な遊び相手が欲しいだけだわ、異世界の相手なら後腐れもないし面倒もない。騙されては駄目よ、ここは毅然とした態度で………』


『おい、いい加減念話を切ったらどうだ』



俺が念話でそう言うと、エレーナはビクっと飛び上がる。


『ええっ!??ど、どこから聞いて………。い、いや、すまない。そうだな、すっかり忘れていた………』



そう言ってエレーナはやっと念話を切った。




その日の午後、俺達の前に王室からの使いが現れた。


勇者達が戻って来たという噂は今や王都中に広まり、王宮にまで届いたらしい。



「クラウドリア国王様が、今夜皆様をぜひ王宮にお招きしたいとのことです」


使いの男は、握りしめた拳を胸に当て、体を30度ほど前に傾けて言った。



アルクはちらりと俺に目を向ける。

俺は正直面倒なので断りたいが、今後この世界に残るエレーナにとって、国王の誘いを断ることは都合が悪いだろう。



「仕方ない。さっさと行って、さっさと帰るぞ」


俺がそう言うと、全員が同意した。




その夜俺達は、王宮へと招かれた。


元の世界の王宮は、全体が真っ白に磨き上げられた、丸い屋根を持つ建物だ。

そしてこの世界でも、王宮は真っ白な石づくりだった。


町中の建物が灰色の石でできているのに対し、王宮だけが異分子のように真っ白に輝いている。

おそらく白い石は高価で、権力の象徴でもあるのだろう。


屋根は三角に尖っており、いくつもの棟が立ち並んでいた。



王宮を見上げながら、アルクは小さくため息をつく。


「………今回は、面倒事が起きませんように………」




使用人が俺達を迎え入れ、すぐに夕食が用意された広間へと通した。

そこには一体何の祭りかという程に、豪華な食事が用意されている。



「国王様への謁見は、皆様が食事を終えられてからご案内いたします」


使用人はそれだけを言って、壁際に引っ込んでそこに立ち尽くした。




「……すごいな。王室からここまで豪勢にもてなされるとは……」


エレーナは巨大なテーブルに並べられた食事を見つめながら言う。


「あのジジイ、食事と引き換えに何か頼んでくるつもりじゃないだろうな」


俺がそう言うと、アルクは慌てて周囲を見回した。


「ちょっとしょこら、聞かれたらどうするんだよ!!不敬罪で捕まっちゃうよ………」

「あいつらは猫語は分からないだろ。気にすんな」

「え、ああ、そうか………」



猫の姿の俺はテイムしている者以外とは話せない。

その事実をアルクはすっかり忘れていたようだ。




食事を終えると俺達は、謁見の間へと通される。

国王の姿は、以前見た時と全く変わらなかった。


相変わらず重そうなローブにマントを羽織り、物々しい雰囲気で俺達に話しかける。



「勇者殿一行がこの世界に戻られたこと、心より嬉しく思う。以前は正式に謝意を伝える間もなく、其方達は去ってしまったからな。

魔王を平和的に討伐し、人間と獣人の和平成立に向け尽力してくれたこと、改めて心より感謝する。」



そう言うと国王は、猫の姿の俺に目を向けた。



「当時の戦いを目撃した者達の証言では、勇者は其方らしいな」


国王はそう言って、俺をじっと見つめる。


この場で唯一、俺が本当の勇者だと知らなかったソフィアは、驚いた様子で俺を見た。



正直面倒だが、このまま猫語で返事する訳にもいかない。

俺は猫耳忍者になり、腰に手を当てて国王を見つめ返した。


「おうそうだ。今日はお招きどうもな」



礼儀もへったくれもない俺の物言いに、俺以外の全員が身をこわばらせる。

しかし国王は、特に俺を咎めたりはしなかった。



「……そうか。あの戦いで、其方は危うく命を落とすところだったと聞いた。改めてその献身に感謝する」


そう言って国王は、まだ俺を見つめ続ける。



「で、他に何の用があって俺達を呼んだんだ」


俺が尋ねると、国王は少し目を丸くする。

そして小さくふっと微笑んだ。



「どうやら、単に謝意を伝えるだけと言っても信じてはもらえんらしい。……実際その通りだ。しかし、これ以上其方達に面倒事を押し付ける気はない。余は単に、警告するために其方達を呼んだのだ」


「警告って………」


アルクが不安げに繰り返す。



「この世界は今や平和そのものだ。和平が成立する前に比べると雲泥の差だ。毎日どこかで勃発していた争いは今やなくなり、人間と獣人の交流も盛んになっている。……しかしどのような平和な時代にも、反乱分子は必ずいる。特に例の魔王代理に反発する者達だ」



国王は俺達を見つめながら説明する。



「反発しているのは獣人ばかりではない。人間の中にも獣人と協力し、魔王代理を引きずり下ろそうとする者はいる。そもそも人間と獣人の和平など望んでいなかった連中だ。其方達が戻ったと聞きつければ、危害を加えて来ないとも限らん。余が言いたいのはそれだけだ」



どうやら国王は本当に善意から、俺達に警告するため呼びつけたらしい。

おそらくそれは前回、無理に俺達を捕らえた事への罪滅ぼしも含まれているのかも知れない。



俺は国王の警告にフンと鼻を鳴らした。



「忠告どうもな。だが俺達もそのくらいは分かっている」




俺がそう言うと、国王は穏やかに微笑んだ。



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