97.魂の問題
異世界に来て二日目、俺達は王都を訪れることにした。
王都はこの世界の大陸の、人間領の最東端にある。
以前この世界に来た時も俺達は王都に足を踏み入れたが、それはただ無理矢理連行され、王宮まで運ばれただけだ。
そもそも王宮から出る事もなく、王都の見物すらできなかったのだ。
「お前達は以前、人間の領地ではほぼウエストリアの町しか見ていないだろう。今回は王都を見て回ると良い。時間があれば他の町も案内しよう」
王都までの案内役を買って出たエレーナは、俺達に向かって言った。
「僕とベルはガエルダで待ってるよ。しょこら君の転移魔法はこの世界でも使えるはずだし、問題ないだろう。君達、楽しんできたまえ」
ラファエルはロベルトを抱えながら右手を上げる。
それから一時間後、俺達は王都クラウドリアの門の外に立っていた。
ラファエルの言った通り、この世界でも俺の転移魔法は問題なく発動できた。
俺達はガエルダから王都の外へと一瞬で移動したことになる。
エレーナが門衛に来意を告げると、門衛は目を丸くして俺達を見た。
「あ、あの勇者様達が………。どうぞ、お入りください!」
どうやら王都の人間達も、俺達のことはしっかり覚えているようだ。
王都の大きさは、元の世界のそれとほとんど変わらないように見える。
しかし建物の雰囲気や町の空気は全くの別物だった。
俺達が以前訪れたウエストリアでは、全ての建物が濃い灰色の石造りでできていた。
まるで自然の石をそのまま使用したような色合いで、壁には植物の蔓や蔦が絡んでいた。
王都の建物も同じように、灰色の石造りでできている。
しかし王都の建物は、ウエストリアのそれと比べて格段に洗練されている。
自然の石を使った雰囲気はなく、きちんと削り、磨き上げられた灰色の石造りだ。
そしてこの世界では珍しいことに、どの建物も十階以上はある。
荘厳な雰囲気の建物に取り囲まれると、どこか圧倒される感じがあった。
自然と共生していたような雰囲気のウエストリアとは完全に様相を異にしている。
「王都では他の地域からの流入で、人口が年々増加しているんだ。それで充分な住居を確保するため、一軒家ではなくこのような集合住宅が次々作られている。見た目は立派だが、中はかなり狭いようだ」
エレーナは町を歩きながら、俺達に向かって説明する。
元の世界でも集合住宅というものを目にする機会がなかったアルクとウィルは、感心したように建物を眺めていた。
「最も、これはあくまで平民向けだ。貴族は奥地にきちんとした屋敷を持っているらしい」
エレーナは説明を付け加える。
ソフィアも恐々と周囲を見回しながら、アルクの手を握りしめていた。
この世界に来てからというもの、圧倒されっぱなしのソフィアは、未だに声を発していない。
エレーナはそんなソフィアの様子をじっと見て、不思議そうに尋ねる。
「……その子は、君にすっかり懐いているのだな。妹ではないのだろう?」
「あ、ううん、妹じゃあなくて………」
ソフィアはアルクをじっと見上げた。
妹ではなくて何だと説明するつもりなのか、無言の圧をかけているように見える。
「えっと………」
「俺の従妹ですよ。アルクの奴が魔術学校でソフィアの訓練に付き合ったんで、アルクに懐いてるんです」
ウィルが横から助け舟を出す。
するとソフィアは、無言の圧の視線をアルクからウィルへと移した。
「あ、ああ、そうか………」
ウィルにどう接して良いか分からないエレーナは、躊躇いがちに返答する。
そしてそんなエレーナを見て、ウィルも頭を掻きながら目を泳がせた。
全くどいつもこいつも、おめでたい奴らばかりだ。
住宅が集合した区域を抜けると、町の大通りへと出る。
そこには商店や飲食店、露店が数多く並んでおり、活気に満ちている。
そしてよく見ると、獣人達の姿もちらほらと目に入って来た。
「今では獣人達の中にも、人間の町に興味を示し、一時的にそこに滞在する者達もいる。逆も然りで、獣人の町にも人間はいる。お前達のおかげで、分断されていた世界は今や調和し出している」
エレーナは感慨深げに、町中を見回しながら言った。
「人間と魔族の共存……。待てよ、もし人間と獣人の間に子供ができたら、その子供の種族は一体どうなるんだ?人間なのか獣人なのか、半獣人みたいな種族が新たに生まれるのか……。そもそも異種族間で子供を作ることは可能なのか?お前らの話だと、人間と魔族の魂の成り立ちは全く異なる。半獣人が生まれたら、その魂は人間のように輪廻するのか、もしくは魔族のように……」
ウィルはぶつぶつと独り言のように呟く。
しかしその問いに、エレーナはすぐに答えた。
「人間と獣人の間に子供を設けることは、遥か昔から禁じられている。それは和平が結ばれた今でも変わらない。獣人の方が血が濃いので、生まれてくる子供は皆魔族として生きることになる。そうすると人間の神が司る輪廻の輪からは外れてしまうのだ。……だから人間の世界では、獣人との間に子を設けることは大罪だ。人間の魂を減らし、魔族を増やすことになるのだからな」
エレーナは以前、俺達と共に王宮に捕まり、国王から魂の成り立ちについて聞かされた。
その話を聞いて初めて、異種族間の子供が禁じられている真の理由を悟ったという。
「私は単に、獣人は敵だから、子供は禁じられているのだとばかり思っていた。だがそこには魂の問題があるのだ」
「でもさ、アルクから聞いたが、魔族ってのは長命だが一度きりの命で、死んでも生まれ変わらねーんだろ?で、魔王がいるとまた新たな命が生み落とされる。そもそも魔族ってのは人間と同じような生殖行為をするものなのか?いや待てよ、アルクが遊女達に襲われたってことは、行為自体は可能ってことか………」
「せ、生殖行為………」
ウィルの純粋な質問に、エレーナは顔を真っ赤にする。
アルクも慌てて横から口を挟んだ。
「ちょっとウィル、あまり変なこと聞かないでよ!!」
「変なことって何だよ!俺は純粋な疑問として……」
小声で言い合うアルクとウィルに、エレーナは咳払いして答える。
「……行為自体は可能なようだ。ただお前の言う通り、本来魔族の命は魔王により生み落とされる。だから行為をしても子を授かる可能性は非常に低いらしい。…………さあ、難しい話は一旦止めにして、町を見て回ろうじゃないか………」
エレーナがそう言うと、アルクもすぐに頷いた。
そして俺達は改めて、王都の散策を続けたのだった。




