96.町の現状
「それにしてもお前達、本当に久しぶりだな。もう会えないかと思っていたぞ」
外で共に昼食を取りながら、エレーナが俺達に向かって言う。
「うん。エレーナさんも、元気そうで良かったよ……」
アルクはそう言いながら、チラッとウィルに目を向ける。
ウィルは食事をしながらも、ボーっとエレーナを見つめていた。
「イデッ!おい、何すんだよ………」
アルクに足をつねられたウィルは、思わず涙声を上げる。
「だってウィルが、ずっと変な目で見てるから………」
「変な目ってなんだよ!!」
するとそこへ、給仕係の猫族の娘が声をかけてきた。
以前も俺達に話しかけてきた、今は亡き勇者マルニス、もとい、リューキと親交のあった者だ。
「こんにちは、勇者様達。またお会いできて、とても嬉しいです。お二人が去られてからも、この世界はずっと平和ですよ」
アルクはそれを聞いて、にっこりと笑った。
食事を終えると、俺達は営舎へと顔を出す。
そこには以前共に戦った、レオとレナが率いていた猫族部隊がいる。
隊員達は俺達の再来を歓迎し、心から嬉しそうな顔をした。
「勇者様達に会えて、本当に嬉しいぜ!!」
「あの、いっそこの世界に住まれてはどうですか!?」
「しょこら様、もふもふさせてください!!!」
これまでの周囲の反応を見て、ウィルは感心したように言った。
「おい、お前らはやっぱ異世界でも、すげー人気なんだな!」
ソフィアはというと、まだこの世界に慣れないのか、ずっとアルクにしがみ付いて黙り込んでいる。
「で、最近はどうなんだ。給仕係が言ってた通り、あれ以来獣人と人間の戦いは起こっていないのか」
俺がラファエルに尋ねると、ラファエルはにっこりと笑った。
「ああ。特に大きな問題はないよ。例のつまらない獣神協会も、あの後すぐ僕が捻り潰したしね」
「ひ、捻り潰した………。でも、平和なら良かったよ……」
アルクもほっとしたように呟く。
しかしその時、エレーナの表情にふと陰りが見える。
「おい。どうした」
俺が尋ねると、エレーナは驚いたように顔を上げた。
「い、いや、何でもない。ラファエルの言う通りだ。お前達が去ってから、特に大きな問題はない……」
「大きな問題はなくとも、小さな問題はあるのか?」
俺の問いに答えたのは、ラファエルだった。
「ああ、たまに小さな反乱が起きるぐらいだよ。けどそれは獣人と人間との争いじゃない。主に、僕とロベルトに対する反感を抱いた者達の反乱だね」
「え、反感って、どうして……」
「そりゃあ、急に魔王代理なんて言われても、全員が納得できる訳じゃないだろう。僕らを崇める者が増えた反面、反発する者だって一定数いるさ。大丈夫だよ、何が起きても僕が捻り潰すだけさ」
やれやれ、本当に大丈夫なのか。
しかしこれまで町を歩いていても、特にラファエル達に敵意をむき出しにする者はいなかった。
むしろ逆に、ラファエル達を見て敬礼したり、深々とお辞儀する者が大多数だ。
少なくとも、確かに大きな反乱までは起こっていないようだ。
「すまない、安心してくれ。給仕係の言っていたように、町は平和そのものだ。たまに陰でそういった反乱が起きても、ラファエルや私達が対処しているので、大した問題にはならない」
心配そうなアルクの顔を見て、エレーナは申し訳なさそうに言った。
夕刻になると俺達は、また町へと出た。
ロベルトが眠ってしまったのでラファエルそのまま営舎に留まり、エレーナもそれに付き合う事となる。
今度は俺とアルク、ウィル、ソフィアで出かける事にした。
町中を動き回る獣人達を見つめながら、ウィルはため息をつく。
「ああ、本当に異世界なんだな。まだ信じらんねえぜ………。それに使用されている言語が同じってのも不思議だ。過去にも転移者がいて同じ言語を広めたのか、それとも実は元々一つの世界だったのが、何かしらの原因で分離したという可能性も……。いや、それにしては魔族の生態が違いすぎる。そもそもこの世界の魔族はなんで獣人なんだ?魔族以外の生物、つまり人間や植物は、見たところ俺達の世界と全く同じだ。それらを造り出したのは人間の神で、魔族だけが異質な存在だからか?人知では計り知れない事が多すぎるぜ………」
ウィルは今や、完全に研究者の顔に戻っている。
するとアルクが急に、ぐいっとウィルの服の裾を引っ張った。
「うおっ、な、何だよ?」
「ウィル、そっちの通りに近づいちゃだめだ!!危険だから………」
その先は、真っ赤な灯に埋め尽くされた、いわゆる花街だ。
以前アルクが遊女達に誘拐され、貞操を奪われそうになった場所だ。
もしアルクと同じ目に遭ったら、ウィルの奴は逆に喜ぶんじゃないか。
俺がそんな事を考えていると、念話からアルクの心の声が漏れ出てきた。
『僕と同じ目に遭ったら、ウィルは絶対喜ぶ………』
俺と同じ感想を漏らしたアルクは、その通りから遠ざけるようにウィルを引っ張っていく。
しかしその時、複数の猫族の女達が、アルクとウィルに声をかけた。
「あの、もしや貴方は、あの勇者様では………」
華やかに着飾っている様子を見ると、明らかに花街の者だ。
アルクは警戒しつつ、ウィルを引っ張って距離を取る。
すると、他の数人の女達は、互いにヒソヒソ話を始めた。
「ねえ、あの黒髪よ!!強者の証だわ……また機会が巡ってくるなんて……」
「それにあっちの人も、濃くて青い髪よ。悪くないわね……」
「だけど小さな子供を連れているわ。なんとかあの二人だけ連れ込めないかしら……」
この世界では、濃い髪色は強者の証だという。
まったく、そんな馬鹿げた迷信のおかげで、いつも迷惑を被るのだ。
ヒソヒソ話す遊女達はしかし、急にビクっと体を震わせる。
目の前に急に、猫耳忍者が現れたからだ。
「てめぇら、懲りない奴らだな。また同じことを仕出かすとどうなるか分かってるだろうな………」
ゴゴゴゴゴゴと睨みつける俺の視線に、遊女達は身を縮こませる。
そしてそのうちの一人が、はっと思い出したように呟いた。
「ねえ、あれ、あの時の子よ!!まずいわ、退散しましょう!!」
そそくさとその場を離れる遊女達を、俺はフンと鼻を鳴らして見送った。
すると急にアルクが、俺にがばっと抱き着く。
「しょこら、ありがとう!!やっぱりしょこらは僕のヒーローだ………」
それから俺達は、しばらく歩き回って帰路に着く。
その道すがら、アルクの誘拐事件を聞かされたウィルは爆笑した。
「あははははははは!すげえな、そんな事があったのか!!」
「ちょっとウィル、笑いごとじゃないよ!!変態の君なら嬉しいだろうけど、僕は本当に怖かったんだ……」
「おい、何度人を変態呼ばわりすんだよ!俺だってそんな目には遭いたくねえよ!!」
そんな二人の会話を聞いて、ソフィアはただポカンと口を開けていた。




