94.再度の出発
俺達が深層でピクニックしている間、アルクはウィルとジークの話を聞くともなく聞いていた。
ちゃんと聞いたところで専門的な内容は理解できない。
しかし全体的な雰囲気から、二人の研究が以前よりだいぶ進歩しているであろうことに気が付く。
「……だから、そもそも根本的な術式が異なるんだ。全く同じ効果を持つ別の薬みたいなもんだ。……こっちの方は座標入力回路があって、それを位置検出回路が読み取って位置指示回路に繋ぐことで行く先を固定するが、ロベルトの方は座標入力回路というものがなく、魔力探知と同じ構造で転移可能な座標を自動検出して、検出された情報を位置指示回路に流し込み………」
ウィルが熱心に話すのを、ジークは頷きながら聞いている。
ロベルトが展開した魔法陣はそのままにされており、二人はそれを見つめながら語り合っていた。
二人が一息ついたところで、アルクはそれとなく話しかける。
「……ねえ、研究はだいぶ進んだみたいだね?」
アルクの問いかけに、ウィルはパッと顔を輝かせて振り返る。
「ああ!おかげ様でな!!そういや言ってなかったが、俺の魔法陣は光魔法も使えるようになった。これからはダンジョンに落ちても、治癒魔法の心配はないぞ!!それに何と言っても、転移魔法だ。人間用の魔法陣はほぼ完成してたんだが、ロベルトのおかげで、座標を指定しない方法も組み上げられそうだ………それができれば、俺達はいつでも異世界に………。それに、たぶんちょっと応用すれば時間旅行だって夢じゃねえかも………」
それを聞いて、アルクは少し不安になる。
あまりに早く進む研究は、神の気に入らないかも知れない。
「ねえウィル、それ、地上ではまだ試してないよね?」
「ああ。俺だって分かってるよ、変に地上で使えば、また危険人物だとみなされて、この世界から排除されるんだろ」
そう言いながらもウィルは、嬉しそうな表情を崩さない。
「けどさ、いずれ完成したら、やっぱ試してみたいよな………」
「ねえ、どうしても試す時はさ、僕達が一緒の時にしてね」
アルクの必死の訴えに、ウィルはふっと笑った。
「おお。ありがとな」
結局その日は丸一日、俺達はダンジョンの地下で過ごした。
翌日、ヘイデン領を離れた俺達は、一日王都に滞在する。
そしてその翌日にはエド町へと向かった。
「えっと………こんにちは」
兵舎を訪れた俺達に、リーンはポカンとして挨拶をする。
エド町にはソフィアも付いて来ていた。
見知らぬラファエルとロベルト(耳と尻尾は隠している)、アルクと手を繋いだソフィア、そして猫の姿の俺とウィルを前にして、リーンはうまく状況が飲み込めないらしい。
「えっと、急にごめんね。この二人はラファエルさんとロベルト君。僕達の知り合いで……それで、エド町を案内しに来て……」
アルクがしどろもどろに説明する。
リーンは話を聞きながらも、ソフィアと繋がれたアルクの手をじっと見つめていた。
しかしユリアンよりも大人なリーンは、特に騒ぎ立てることはしない。
いつものように、プイッとそっぽを向きながら言った。
「……そうですか。ゆっくりしていってください。それじゃあ」
それだけを言って、リーンは兵舎の中へと引っ込んでしまう。
その後ろ姿を見送りながら、ラファエルは面白そうに言った。
「アルク君、君は本当に人気者だねえ。あまり人をたぶらかすのは良くないよ。君にはしょこら君がいるんだからさ」
「はあ……」
アルクは訳が分からず、曖昧な返事をする。
その隣でウィルは何度も頷いていた。
それから俺達は宿屋へと移動する。
異世界でもそうだったように、温泉に入る時すら、ラファエルはロベルトを抱えたままだった。
ラファエル達は、エド町独自の文化に大きく興味を示した。
勘の鋭いラファエルは、その文化の歴史をすぐに言い当てる。
「これは正直、別世界から持ち込まれた文化に見えるね。話を聞いたところでは四百年前の勇者が作り上げた領地なんだろう。その勇者というのが異世界出身だったんだろうね、おそらく」
「ああ、そうだね……」
アルクはハジメとハルトに思いを馳せながら返事をした。
江戸町をひととおり見て回ると、ラファエルとロベルトは満足したようだ。
翌日になり、もう見るべきものは見尽くしたというように、ラファエルは俺達に向かって言った。
「さあ、もう十分楽しんだし、僕らの世界に帰ろうか。ちなみにこの世界とは時間の流れが同じだけど、君達はしばらくここを留守にすることになる。周囲への説明は済んだかい?」
俺とアルクは既に、アルクの母アリゼーに、しばらく念話での連絡ができないと報告していた。
ウィルは魔術学校に二週間の休暇を申し込んだし、ソフィアも父と兄の許可は得ていた。
その許可を得るのに一悶着あったようではあるが。
「ったく、ノールの奴がうるせぇから、説明するのに苦労したぜ。俺も一緒だから、何とか魔術学校の校外学習の一環だって言って押し通してさ………」
ウィルはその時のことを思い出しながら、やれやれと首を振る。
「けど、やっと異世界に行けるんだ………本当に夢みたいだぜ…………これって夢じゃないよな?」
「うん、現実だよ。頬をつねってあげようか?」
「イデデデデデ!言いながらつねるんじゃねえ!」
アルクはウィルの頬を引っ張りながら、愉快そうに笑う。
まったく呑気なものだ。
俺達は人目につかない場所へと移動する。
そしてそこでロベルトが、転移魔法陣を展開した。
ウィルは目を輝かせ、恍惚の表情でそれを見つめた。
「ああ、やっぱり、すげえ…………」
しゃがみ込んでまじまじと見つめるウィルに、ラファエルは急かすように言った。
「ほら、早く出発するよ」
俺達は全員で、その巨大な魔法陣へと足を踏み入れる。
ちなみに人目がないので、ラファエルとロベルトには耳と尻尾が戻っていた。
ソフィアはその姿を見て、ポカンと口を開けていた。
事前に説明はしていたものの、やはり本物の獣人を目の前にすると、驚きを隠せない様子だ。
「ソフィア、昨日も説明したけど、僕達は異世界に行くんだ。……何が起きるか分からないから、絶対僕達の傍を離れないでね。分かった?」
アルクの言葉に、ソフィアはこくりと頷く。
わざわざ忠告しなくても、ソフィアがアルクの傍を離れることなどないだろう。
全員が魔法陣に乗り込むと、小さなロベルトが地面に手をついて、魔力を流し込んだ。
そして魔法陣は強い光を放ち、体が浮き上がる感覚に襲われる。
それはこの世界の中で転移するような、単純な感覚ではなかった。
以前女神が俺達を転移させた時のように、体がものすごい速さで移動している感覚に襲われる。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、上に飛んでいるのか、もしくは下に落ちているのか分からない。
ただ風のように光が吹き荒れ、俺達はそのまま、異世界へと転移したのだった。




