89.補水
俺達が崩落に巻き込まれてから、丸一日が過ぎた。
最も、正確な時間は分からないので、ただそのぐらいに感じただけだ。
未だに護衛隊が俺達の元に辿り着く気配はない。
「おい、平気か」
「うん、大丈夫………」
ただ横たわっている俺と違って、アルクの方が心身ともに疲弊しているようだ。
回復魔法を使用しているものの、腕の震えは止まらなくなってきている。
「………しょこらは、大丈夫………?」
「おう」
俺は実際、空腹以外には全く問題がなかった。
勇者だからか魔族だからかは知らないが、元々体力は無駄にあるのだ。
狭い空間では、アイテムボックスから食料すら取り出せない。
俺達は水魔法で喉を潤しながら、何とかその場を凌いでいた。
「おい、だからもう腕を使うなよ。俺に体重をかけろ」
「だめだよ、それは………」
「なんでだよ」
「だって………」
俺はため息をついた。
何の遠慮だか知らないが、アルクは一向に腕の力を抜こうとしなかった。
その頃、洞窟の入り口では、まだ護衛隊員達が必死の捜索を続けていた。
何とか数メートルは瓦礫を掘り進めたものの、まだ俺達がいる場所からは程遠い。
隊員達の疲れも溜まり、夜を徹して交代で作業を続けていた。
「ユリアン様が聞かれた話だと、お二人はかなり奥まで進んだらしい。それにおそらく、地下に落下している。この調子だと数週間はかかるかも知れない……」
隊員の一人が絶望的に呟く。
「おいおい、そんなこと言ったら、とても間に合わないぞ………」
それでも何とか掘り進める隊員達に、さらなる絶望が襲う。
どこからか、ゴゴゴゴゴゴという低い唸りが響いて来たのだ。
「お、おい、この音って…………」
「ま、まずい、一旦退避しろ!!」
全員が慌てて洞窟から出ると、次の瞬間、再び瓦礫が音を立てて崩れ落ちた。
せっかく掘り進んだところが、完全に振り出しに戻ってしまったのだ。
まったく、ここまで来ると、神が俺達を殺そうとしているとしか思えない。
護衛隊員から報告を受けたユリアンは、愕然とする。
一睡もせず俺達の無事を祈っていたユリアンは、今にも倒れそうだった。
さらに、たまたま地図の件でユリアンに念話を繋いだウィルも、話を聞いて仰天した。
「おい、本当かよ………。くそっ、何とか助けるはないのかよ………」
頭をひねってみても、解決策は浮かんでこない。
皆が心配する中、ただ時間だけが無常に過ぎていった。
「おい。しっかりしろよ」
生き埋めになって三日目、そろそろアルクは限界に近づいていた。
水以外何も口にせず、ただ狭い空間に閉じ込められているのだ。
体力だけでなく、気力もかなり削がれてきている。
これまでは俺が手のひらから水を湧き上がらせ、アルクはそこから水を飲んでいた。
しかし今や、その動作すら覚束ない状態だった。
「おい、しっかり飲めよ」
俺が声をかけるも、アルクは反応しない。
ただ生気のない顔をして、空間の一点を見つめている。
するとそのうち、ついにアルクの腕から力が抜けた。
その体はぐったりと力なく、俺の上にドサリと倒れ込む。
俺は回復魔法を施すも、あまり効果がないようだ。
筋肉の疲れは回復できても、空腹や気力はどうにもならないのだ。
このままでは本当に、命が危ないかも知れない。
「……………ご、ごめ……………」
アルクは弱々しく声を発し、また腕に力を入れて起き上がろうとする。
しかし俺はその背中に腕を回して押さえつけた。
「これ以上無駄に体力を使うな」
抱きしめるような恰好のままアルクを押さえながら、俺は考える。
救助は到着しそうにない。
しかしバリアを解除すると、一瞬で押しつぶされる。
実際俺は、バリアが解除されないよう、定期的に展開し続けなければならなかった。
もう何度も考えを巡らせていたが、未だに打開案が出てこない。
俺は自分の無力さにイライラしていた。
とにかくアルクに水を飲ませようと、俺は再び水魔法を発動する。
しかしアルクは今や、ピクリとも動かない。
手のひらから溢れ出る水は、虚しく零れ落ちるだけだった。
こうなるともはや、無理矢理にでも飲ませるしかない。
あまり使いたくない手だったが、俺は自分の口に水を含ませる。
そしてそのままアルクの口に、水を移して飲み込ませた。
ごくりと音を立ててそれを飲み込んだアルクは、しばらく動かない。
しかし次の瞬間、まるで生き返ったかのようにがばっと体を持ち上げた。
その拍子にアルクは、バリアに頭を思いっきりぶつける。
「な、ななななな、なにしてるんだよしょこら!!!!」
「何って、水を飲ませてるんだが」
「そ、そそそそそ、そんな!!わざわざ口移しで飲ませなくたって……………!!!」
真っ赤になっているアルクを余所に、俺はその胸ぐらを掴んでぐいっと引き寄せる。
そして再び、口から水を飲ませた。
「んっ……………ちょっと、しょこら………………!!!」
プハッと息継ぎをして、アルクはまた上体を起こす。
「だ、だめだってば、もう大丈夫だから…………!!!」
顔から火が出るのではないかというほど赤面したアルクは、慌てて俺を押しとどめた。
「わ、分かったよ、ちゃんと自分で飲めるから…………。あ、ありがとう…………………」
俺はフンと息をつき、アルクの胸ぐらを放した。
少し気力が回復したアルクは、再び腕をついて体を支えようとする。
しかし俺はまたアルクの背中に手を回して押さえつけた。
「しょ、しょこら……なんで………………」
「なんでって、また無駄に体力を消耗するだろ」
「そ、そうだけど…………………………」
アルクは観念したように、俺の体の上にぐったりと倒れかかる。
その心臓が俺の胸の上で、どくんどくんと鳴っているのが感じられた。
「お、重くない………………?」
「問題ない」
「そ、そう……………………」
それからどのくらいの時間が経ったのかは分からない。
じっと暗闇で横たわっていた俺達は、ある時、突然の轟音に驚かされる。
それは俺達の周囲の瓦礫が一瞬にして撃破され、崩れ落ちる音だった。
「な、なんだろう……やっと救助が………?」
しかし護衛隊にしては、あまりにものすごい力だ。
そんな風に瓦礫が崩せるなら、そもそももっと早く到着していただろう。
俺達は動かずに、その何かが近づいて来るのを待つ。
そして、目の前の瓦礫が粉砕されたかと思うと、突然、思いもよらぬ声が響いた。
「やあ、君達。元気だったかい?」
俺もアルクも目の前の現実が信じられず、しばらくポカンと目の前にある姿を見つめていた。




