88.届かぬ救助
「お二人とも、大丈夫でしょうか………」
ユリアンはその頃、執務室で心配そうに地図を眺めていた。
ウィルが作った地図上には、相変わらず白い光が出現している。
「あの二人なら心配ご無用でしょう。これまで魔王やダンジョンの魔物を退治してきたのですから」
ユリアンに向かって、ミーシャは平然と答える。
「それに、しょこら様は転移魔法が使えます。何かあればいつでも逃げられ……」
しかし、ミーシャはそこで言葉を止めた。
ユリアンとミーシャの頭の中に、突然念話が響いてきたのだ。
「そ、そんな………!!」
俺からの念話を聞いたユリアンは、ガタっと椅子から立ち上がる。
そしてすぐに、現場近くの護衛隊による救助の手配に取り掛かった。
「いたた………。しょ、しょこら、大丈夫………?」
瓦礫の下敷きとなり、ほとんど押しつぶされた状態でアルクが呟く。
俺は仰向けに横たわり、その上にアルクが覆いかぶさる形で倒れていた。
「おう。今ユリアンに念話を送った。お前は大丈夫か」
「ぼ、僕は、大丈夫………しょこらのバリアのおかげで………」
崩落に巻き込まれた俺達は、崩れた足場からおそらく地下に落ちて行った。
完全に瓦礫に押しつぶされる前に、俺は何とかアルクを引っ掴む。
そしてギリギリのところで、体の周囲にバリアを展開したのだ。
あと1秒遅ければ、完全にペシャンコにされていたところだ。
「で、でも、全然動けない………」
俺の上でアルクが呟く。
アルクは両肘をついて自分の体を支えている。俺を押しつぶさないよう、腕に力を入れて踏ん張っていた。
狭い空間の中、俺は首だけを僅かに動かして周囲を確認する。
「チッ、完全に生き埋めだな。これだとバリアを解除した瞬間に押しつぶされるぞ」
瓦礫を蹴破ろうにも、そもそもバリアを解除できない。
それに瓦礫を攻撃したが最後、一瞬で崩壊して押しつぶされるのが目に見えている。
さらに具合の悪いことには、これでは転移魔法が使えない。
魔法陣を展開するのに十分な空間がないからだ。
「ったく、このまま救助を待つしかねえか……………おい、大丈夫か」
俺の上で踏ん張るアルクの腕は、もはやプルプルと震えている。
「だ、大丈夫………」
ぜえぜえと荒い息をしながら、アルクは言った。
「おい、腕の力抜けよ。瓦礫はバリアで押さえてるんだ。お前の体重ぐらいなら俺は問題ないぞ」
「だ、だめだ、そんなこと……」
「………猫に戻った方がいいか?」
「だ、だめ!そんなことしたら、僕がしょこらをおしつぶしちゃう………」
まったく、本当に厄介だ。
救助要請はしたものの、正直望みは薄い。
洞窟自体が崩れ落ちたとなると、瓦礫をかき分けてここまで到達するのに、一体何日かかるか分からない。
それに、そもそもこの近辺は未開地だ。
護衛隊員達が迅速に現場に駆け付けられるかすら怪しいのだ。
「この狭さだと、アイテムボックスから食料すら取り出せないな。水は水魔法で何とかなる。……空気が薄くなったら、風魔法で何とかなるか」
ブツブツと呟く俺に、アルクは返事をしない。
ただ俺の顔を見ないようにして、相変わらず腕を震わせていた。
数時間後、ユリアンにより派遣された護衛隊員達は、何とか山岳へと辿り着いていた。
いつもなら次々と襲ってくるドラゴンが、なぜか全て地面で息絶えている。
それが幸いとなり、山岳の麓へたどり着くことは案外容易だった。
「しかし、これじゃ中に入れない。どうすれば……」
護衛隊員の一人が呟く。
俺達が入り込んだ洞窟の入り口は、完全に瓦礫により塞がれていたのだ。
魔術部隊が攻撃魔法で、瓦礫の撃破を試みる。
しかし、入り口をがっちりと塞ぐ岩山は、そう簡単には崩せない。
それに二次的な崩落の恐れがあるので、あまり大胆に攻撃することはできなかった。
物理攻撃を加えても、一度の攻撃でほんの数センチ岩が削れる程度だ。
「くそ、この調子では、発見前に手遅れになるぞ………」
目の前に立ちふさがる瓦礫を見つめながら、隊員達は頭を抱えた。
その頃、ユリアンは執務室の中を、ただうろうろと歩き回っていた。
「どうしましょう、私が考えなしにお二人にお願いしたせいで………。本来どんな危険があるか分からない場所には、事前準備をしっかりと行って調査部隊を派遣するべきだったのに………」
真っ青な顔でおろおろと呟くユリアンを、ミーシャは見つめる。
さすがのミーシャも、平然とした態度は取っていられなかった。
「……これは私の失態でもあります。ユリアン様のご判断に、私も異論はありませんでした。お二人なら問題ないだろうと過信していました」
「ど、どうしましょうミーシャ、もし私のせいでお二人が………」
ユリアンは今や、震えを止めるためぎゅっと両手を握り合わせていた。
「落ち着いてください。救助は向かわせたのです、今は待つしかありません。それにあのお二人なら、そう簡単に命を落としたりしないでしょう」
しかし、果たして護衛隊による救助は可能なのか。
ユリアンを慰めながらも、ミーシャは疑念を拭いきれずにいた。
救助を要請して数時間、俺達はまだ瓦礫の下にいた。
今のところ、事態が好転する兆しは一向にない。
俺は相変わらず仰向けで、アルクは俺の上に覆いかぶさる形で地面に両肘をついている。
アルクは息を切らしながらも、たまに回復魔法を発動することで、なんとか腕を踏ん張っていた。
「………あの、しょこら………」
「何だよ」
アルクは、すぐ目の前にある俺の顔からずっと目を逸らしている。
「あの…………何て言うか…………ち、近いね…………」
「仕方ないだろ。これ以上動けないんだ」
「そうなんだけどさ………」
まったく、いつまでこの体勢でいればいいのだ。
しかし俺達にできることは、今のところ救助を待つ他になかった。




