87.崩落
「ま、またドラゴンが、落ちてる………」
コクヨウの上から地面を見下ろして、アルクが呟いた。
俺達が魔道具を設置しに来た時よりも、その数は増えているように見える。
凶暴なレッドドラゴンが数十体、まるで眠っているかのように地面に倒れているのだ。
近づいて様子を確認すると、やはりそれらは死んでいるようだった。
単に眠っている訳でも、気絶している訳でもない。
しかしユリアンの言ったように、外傷は見当たらなかった。
「い、一体何があったんだろう……。毒に侵されたとか……?」
アルクがドラゴン達を見つめながら、ごくりと唾を飲み込む。
「さあな。だが毒にやられたなら、それなりの痕跡はあるはずだろ」
俺は久しぶりに、鬼教官ハルトの講義を思い出していた。
毒物を口にした場合、大抵は体の変色や発疹などの反応が出るはずだ。
それらがなくとも、毒に苦しんだ魔物の表情は苦痛に歪んでいるか、泡や血を吐くことが多い。
しかし、地面に倒れているドラゴン達には、何の痕跡も見当たらなかった。
外傷も全くないので、遠目に見ると、本当にただ眠っているように見えるのだ。
「そ、そうだね。どこかから毒ガスが発生してる訳でもなさそうだし……」
アルクは少しほっとしたように呟く。
上空から山の様子を確認しても、特に異変はなさそうだった。
俺達は山に降り立ち、調査を続けることにした。
「しょこら、本当に未知の魔物だったらどうしよう……一瞬で相手の命を奪っちゃう魔物とか………」
「さあな。とりあえず山に入るぞ」
山の麓で、俺達はコクヨウから降りる。
そこは俺達が魔道具を設置した場所から、ほど近い地点だ。
「どうしよう、このまま山の中を進んで………」
アルクはそう言いかけて、ふと言葉を止める。
生い茂る木々に隠れて見えなかったが、そこに洞窟の入り口のような空洞があったのだ。
俺とアルクはその入り口をじっと見つめる。
中は真っ暗で、どこまで続いているかは分からない。
「……とりあえず入るか」
「や、やっぱり……。入らなきゃだめだよね………」
俺が言うと、アルクはため息交じりに答えた。
念のためバリアを展開して、俺達は洞窟に足を踏み入れる。
以前、エド町近くのロカド山岳にも同じような洞窟があった。
そこで遭遇した魔物ウンディーネのことを思い出すと、正直今回も良い予感はしない。
アルクは俺を抱え上げ、血が止まる程ぎゅっと抱きしめた。
「おい、殺す気か。というか下ろせ。何かあった時にすぐ反応できないだろ」
「ええ、でも………未知の魔物が出てくるかと思うと、怖くて……」
やれやれ。
これまで散々死地を潜り抜けて来たというのに、臆病は変わらないのだ。
「う、うわああああっ!!」
アルクが俺を放さないので、俺は猫耳忍者に変身した。
突然腕を振りほどかれたアルクは、驚きで叫び声を上げる。
「ちょ、ちょっと、びっくりするじゃないか!」
神経が過敏になっているアルクは、俺に向かって弱々しく言った。
しかし結局、猫耳忍者になったことはアルクを喜ばせた。
これで俺を絞め殺すことなく、腕にピタリとくっついていられるからだ。
しばらくは左腕にしがみ付いて来るアルクと共に、洞窟を進み続ける。
どこまで進んでも暗闇ばかりで、魔物の気配は感じられなかった。
「ねえ、どこまで続いてるんだろう……。そのうち僕達、山の裏側まで出ちゃうんじゃ……」
相変わらず俺の腕にピッタリとくっつきながら、アルクは呟く。
しかしその時、俺の猫耳に微かな音が響いた。
奥に続く道から、何かがズルリと動く気配がする。
俺が立ち止まりじっと目を凝らすと、異変に気付いたアルクも奥に視線を向けた。
アルクは俺の腕から離れ、剣を引き抜き構える。
すると、暗闇の中から現れたのは、巨大な熊の魔物グリズリーだった。
特に珍しくもない、ありふれた魔物だ。
グルルルル………
グリズリーは俺達を見つけると、歯をむき出して唸り声を上げる。
そして次の瞬間には、俺達に向かって突進してきた。
アルクはいつものように、巨大な熊に向かって剣を振り下ろす。
「え、ええっ……!?」
しかし、剣が降り下ろされた時、熊の体はまるで溶けるように消えたのだ。
アルクがキョロキョロと見回すと、それはいつの間にか俺達の背後に回っている。
慌てて振り返ったアルクは、思わず口をポカンと開けた。
そこにいたのはグリズリーではなく、巨大な猪だったのだ。
こいつもよく見る魔物、ジャイアントボアだ。
猪は突如、俺達に向かって突進する。
俺が火炎魔法を発射すると、しかし、猪は一瞬で炎に包まれた。
ビイイイイェェェェ!!!
およそ猪らしくない雄叫びを上げながら、その体は炎により消し炭となる。
「しょこらしょこら、まだいる!!」
アルクが慌てて声を上げる。
洞窟の奥から、今度は二頭のグリズリーが姿を現したのだ。
ドオオオオオオオォォォン!!!
グリズリー達の前足が、思いっきり壁をぶち抜いた。
俺とアルクが攻撃を避けたので、壁に激突したのだ。
くるりと素早く向きを変えたそいつらは、再び姿を変える。
今度は巨大な蜘蛛となり、俺達に向かって強靭な蛛糸を吐き出した。
俺はため息をつき、二体の蜘蛛に向けて再び手をかざす。
そして再度放たれた火炎魔法によって、あっという間に蜘蛛の体は燃え尽きた。
「しょこら、あの魔物は………」
アルクが茫然としながら呟く。
「あ、そうだ、聞いたことがある。確か、姿を変えられるスライム………」
そう、それはイミテーションスライムだ。
しかしそれも、特に未知の魔物という訳ではない。
「ドラゴンの件には特に関係なさそうだな。もう少し先に進んで………」
そこまで言って、俺は言葉を止めた。
俺の猫耳に、今度はもっと不穏な音が響いて来たのだ。
それは地鳴りのような音だった。
ゴゴゴゴゴゴという低い唸りが、だんだん大きくなり俺達の鼓膜を揺らす。
そして実際に、地面も小刻みに揺れ出していた。
「しょ、しょこら、これは良くないかも………」
どんどん大きくなる揺れの中、何とか体勢を保ちながらアルクが呻く。
そして次の瞬間、洞窟内が大きく崩落した。
ドガアアアァァァァァァン!!!!!!
轟音を響かせながら、岩壁や天井が崩れ落ちる。
足場まで崩れ落ちる中、俺とアルクはただ崩落に飲み込まれていた。




