84.住みたい場所
「ねえ、これってしょこらとハジメさんのことだよね……」
大闘技場に掲げられた、大きな看板を見上げてアルクが呟く。
俺達はその日、ベラルディの町にいた。
バルダン帝国から帰国し、やっとまともに旅を再開できる事になった俺達は、四百年前に訪れたベラルディを再訪したのだ。
大闘技場には、歴史に残る有名な対戦が記録されている。
闘技場入り口にある看板に、対戦者に関する情報と戦いの要約が記載されているのだ。
俺達が見つけた一つの記述には、こう書かれている。
“月朔歴2701年、当時の勇者と謎のS級冒険者との対戦。当代随一の接戦を勇者が制する。過去類を見ない両者の圧倒的戦闘力にて、歴代最高峰の戦いとして後世に語り継がれる。”
「すごいね、四百年前はこんな看板なかったのに。ちゃんと記録として残ってるんだね」
アルクはその文字をじっと見つめながら言った。
久しぶりにハジメと過ごした日々に思いを馳せているらしい。
その日も闘技場では小さな大会が行われていたが、俺達は特に観戦しなかった。
もちろん参加する気も毛頭ない。
町中を見渡してみると、町人の気質というのは四百年前から受け継がれているようだ。
あちこちで小競り合いが勃発し、それを囃し立てる町人で溢れている。
「ねえ、もし僕達の家を建てるなら、僕ここには住みたくないな……」
アルクはそんな町中を眺めながら、ぼそっと呟いた。
「もっとこう、平和で落ち着いた場所がいいよね……」
旅を再開してから、俺達は改めて家を建てることを検討し出したのだ。
確かに毎日宿屋に泊まるより、自分達の家に帰る方が気楽だからだ。
「この世界では、15歳で成人だから。領地を継がない貴族の子供は、成人したら家を出なきゃいけないんだ」
アルクは以前、俺に向かってそう説明した。
そのため旅を続けながら、アルクの両親の家に毎日帰るということはできないらしい。
「それに僕も、両親の家に帰るよりは、自分達の家が欲しいな……」
とりあえず俺達は、旅を続けながら、住みたい場所を探すことにした。
最も、候補として考えている場所は既にいくつかある。
「エド町ならリーンに会いに行けるし、温泉もある。ヘイデン領の土地はちょっと高いけど、そこに家を建てたら、ウィルにいつでも会える……。まあ、転移魔法があるから、気にしなくていいかも知れないけど……」
アルクは考えながらブツブツと呟いていた。
「それよりお前、自分で飯作れるのか?」
俺は何気なくアルクに尋ねる。
野営時の簡単な料理は別として、アルクが料理する姿を見たことがない。
もちろん俺は猫なので、料理など一切したことがないのだ。
「え?ああ、うん、たぶんできるよ………前世で一人暮らししてた頃、自炊してたから。……一人で外食するのって怖いし、誰にも会いたくないから、自分で作ってたんだ。……でも、最後の方はほとんどまともに食べなくなって、それで病気になって死んじゃったんだけど………」
前世に思いを馳せたアルクの表情が僅かに陰る。
「とにかく、きっと大丈夫だよ。もう少し色んな町を見て、良い場所があったらそこに住もうね!」
すぐに気を取り直したアルクは、目を輝かせながら言った。
俺達はベラルディを離れた後、エド町に立ち寄った。
ソフィアと同じく、リーンにもしばらく会っていなかったからだ。
アルクが家のことを話すと、リーンは興味深そうに言った。
「そうですか。家を建てるのは良いですね。……それで、どこに住むか決めたんですか」
「ううん、まだだよ。特に急ぐことはないし、ゆっくり決めようと……」
リーンは相変わらず、会うとすぐに俺を抱え上げた。
今も無意識に俺を撫でながら、何かを考えている。
「……この町は知っての通り、温泉もあるし、食事も美味しいですよ。お兄さまのお墓もありますし。………じゃあ、私は訓練に戻ります」
リーンはそう言って俺を下ろし、さっさとその場から去ってしまった。
素直じゃないので、ここに住んでほしいとは言えないのだ。
「……僕達に、ここに住んでほしいのかな?まあ確かに、ハルトさんのお墓があるもんね。ここにいれば、いつでも足を運べる……」
アルクはリーンの気持ちを完全には理解していない様子だ。
さらにその後、俺達は再び魔術学校を訪れる。
熱心に紙に何かを書いていたウィルは、俺達の話を聞いて手を止めた。
「へえ、家かあ……ずいぶん思い切ったな。そりゃ俺としては近くに住んでくれりゃ嬉しいけどさ、まあ転移魔法があればいつでも会えるもんな」
ウィルはあっさりしたものだ。
「いや、でも近くに住んでたら、こっちからも会いに行きやすいか。まあとにかく、新居ができたら招待してくれよな!」
するとその時、研究室の扉が突然開く。
そこに立っていたのはソフィアの兄、ノールだった。
突然の訪問者に、ウィルは茫然として扉を見つめる。
「ええと………何か用か?」
「勇者が来ていると聞いた。俺は勇者に話がある」
ノールはそう言って、ギロリと鋭い目をアルクに向けた。
「ええ……えっと、な、何でしょう………」
アルクは嫌な予感を抑えきれず、恐る恐る尋ねる。
「貴様、まだ俺の妹をたぶらかしているらしいな。町で専らの噂になっているぞ。勇者はロリコンだと」
「なっ………!!ロ、ロリ………!!?」
呆気に取られるアルクの横で、ウィルは爆笑した。
「俺の妹を町中連れ回したそうじゃないか。貴様、これ以上妹に近づけば、その命無いものと思え………」
「じゃま」
アルクを睨みつけるノールの背後から、小さな声が響く。
それは、ソフィア本人だった。
たった今ソフィアに言われた一言が理解できず、ノールはきょとんとする。
「えっ……?ソ、ソフィア、今何と言ったのだ……?」
「じゃま」
「ぐおおぉっ………」
ノールは腹痛でも起こしたかのように、体を折り曲げた。
そしてヨロヨロと研究室から出て行く。
そんなノールの後ろ姿を、ソフィア以外の全員が不憫な目で見送った。
ソフィアは研究室に入り込み、アルクの膝の上に無理やり腰かける。
「ええと、ソフィア……」
アルクが困ったように声をかける。
ウィルはまだ笑いをこらえていた。
「バルバトスに、住んで」
「え?」
バルバトスとは、ソフィアの家名だ。
それはそのまま、バルバトス大公爵家の領地を意味する。
「うちに、住んで」
「ええと………か、考えておくね………」
ソフィアに求婚されたことをすっかり忘れていたアルクは、曖昧に返事をした。
結局家の件は、すぐには決められなさそうだ。
そして俺達は再び、次の目的地について話し合い始めたのだった。




