82.帰国
翌日俺達は、港で再び船を見上げていた。
一週間の滞在を終えて、ついにバルダン帝国を離れる日が来たのだ。
王都から港までの道すがら、ロッセルは俺に名残惜しそうに話しかけ続けた。
「もう帰ってしまうのか……本当に一瞬だった……私はまだまだ話し足りないぞ………」
ロッセルは俺達が乗り込む予定の船を共に見上げ、ため息をつく。
「まあしかし、会おうと思えばいつでも会えるのだ。私達はいつでも繋がっている……」
アルクはロッセルの言葉を、顔を青くして聞いていた。
ロッセルは全員と握手を交わし、最後にこっそりと俺に話しかけてくる。
「おい、しょこら。改めて礼を言うぞ。お前のおかげで、従兄弟達の悪行も明らかになったのだ。……しかしこれで、王位継承権を持つ者は実質私だけになった。父上はますます私に厳しくなるぞ………」
不安げに呟くロッセルの肩に、俺はポンと手を置く。
「お前はいざとなればできる奴だから大丈夫だ。それにあの二人よりはお前の方が適任だ。しっかりしろよ」
ロッセルの表情がパアッと明るくなる。
「ほ、本当か!?本当にそう思うか!?」
「おう」
「恩に着るぞ、しょこら!……だが、またつらくなったら話を聞いてくれ……」
俺は最後にふと気になったことを尋ねてみる。
「お前、わざとポンコツのふりをしている訳じゃないよな」
「え?なぜそんなことをする必要があるのだ?」
ロッセルはポカンとした顔をした。
時間になったので、俺達は全員船に乗り込む。
甲板から港を見下ろし、手を振るロッセルと護衛隊員達に手を振り返した。
「まったく、色々大変だったな。でも勉強になったし、楽しかったぜ」
ウィルがやれやれと息をつきながら言った。
だんだん遠ざかる港の上で、ロッセル達はまだ手を振っている。
「ええ。私は帰国次第、ユリアン様に詳細を報告せねばなりません。きっとお怒りになられますが」
「ねえしょこら、もしかしてロッセルさんのこと、テイムした?」
アルクが急に俺に尋ねる。
「それに、転移魔法のことも話したんじゃ……。いつでも会えるとか、繋がってるとか言ってたし……」
変なところで鋭い奴だ。
実際アルクの言うとおり、俺は転移魔法をロッセルに見せたし、その上テイムしていた。
元々念話の存在を知っていたロッセルは、自分もそれを使えるようにしろと俺にせがみ続けたのだ。
俺は不必要に念話を使わないという条件で、ロッセルをテイムした。
毎日話しかけてきたら速攻解除すると伝えている。
俺がそう言うと、アルクはため息をついた。
「やっぱりそうなんだ……。まあ別に、いいんだけどさ……」
昨日の俺の言葉で気が済んだのかは知らないが、アルクはもはや、思い悩んではいないようだった。
そこから5日間の船旅を経て、俺達はアゼリア国へと戻る。
転移魔法で帰れば一瞬なのだが、早すぎる帰国はさすがに不審がられるだろう。
アゼリア国に戻ると、俺達は全員で王都を訪れた。
形式上、全員揃って今回の訪問について女王に報告する必要があったからだ。
本来は謁見の前で報告するが、今回もユリアンが気を使い、俺達は執務室へと通される。
事の顛末を聞かされたユリアンは、ミーシャの予言通り激怒した。
「まさかそのような事態になっていようとは……。皆様がご無事で本当に何よりです。ですが我が国がバルダン帝国と友好関係を結ぶ理由はもはやあるのでしょうか。今すぐ全軍を投下してかの国を我が植民地に………」
「ユリアン様、暴走はおやめください。個人的な感情に任せて動いてはいけませんよ」
ミーシャは薄笑いを浮かべながら言った。
どうやらユリアンの反応は予想通りだったようだ。
「だけどミーシャ、アルク様やしょこら様の命が危険に晒されたのよ!今すぐ私が乗り込んで抗議したい気分だわ!!」
激高するユリアンを、ミーシャは慣れた様子でなだめ続けた。
やっと落ち着いた頃、ユリアンは椅子にもたれかかりながら言う。
「とにかく皆様、本当にお疲れさまでした。今夜は王宮で部屋を準備しますので、ここでお休みください。………あ、そうですわ、アルク様」
突然ユリアンに呼ばれ、アルクはポカンとする。
「は、はい?」
「その、ソフィアがアルク様に怒ってますよ。ヘイデン領を離れられてから一度も顔を見せず、何も言わずにバルダン帝国まで行ってしまったことで……」
ユリアンの言葉に、アルクは気まずそうな顔をする。
「ああ、そういえば色々あって、ソフィアの事を忘れてた……」
「しかもウィルをバルダン帝国に誘っておいて、自分には一言の誘いもなかったといじけています。毎夜念話で愚痴を聞かされてそれはもう大変でした。落ち着かれたら、またアルク様からお話してみてください」
アルクは力なく頷く。
その隣でウィルはやれやれと笑っていた。
その夜俺は、久しぶりに猫の姿に戻る。
ミーシャの指示で、バルダン帝国ではずっと人間の姿だったのだ。
俺は猫に戻ると、思いっきり伸びをした。
毛づくろい始めようとするが、次の瞬間アルクがサッと俺を抱え上げる。
そしてまた、あの猫吸いをした。
「ああ、久しぶり…………」
アルクは俺の体に顔を埋め、深呼吸しながら言った。
「やっぱり僕、猫のしょこらも大好きだよ………」
俺はフンと鼻を鳴らした。
その夜は久しぶりに、アルクは俺を抱き枕にして眠りについた。




