8.ウィルの申し出
ヘイデンとは、国王の弟が持つ姓らしい。
国王の兄や弟はそれぞれ別の姓を持ち、大公爵としての爵位を与えられている。
そしてこの青い髪の男は、国王の弟の息子、次男のようだ。
つまり、王位継承者争いの渦中にいる人物の一人だ。
「そうか。扉を開けてくれて感謝する。じゃあな」
俺はあまり関わりたくないので、そう言い捨てて出て行こうとした。
王宮の面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
しかしそのウィルという男は、俺の腕をがしっと掴む。
俺は再度チッと舌打ちした。
「何だよ」
「お、お前、これからどうするつもりだ?」
「どうするって、あいつを連れて帰るだけだが」
「あいつって、勇者か?」
「ああ」
するとウィルは、俺の腕を掴みながら言う。
「だけど、勇者が宮殿の中にいるなら、そう簡単には侵入できないぞ!」
「それは分かってる。しかしここでじっとしていても……」
そこで俺はふと気づく。
そして今度は逆に、ウィルに向かって尋ねる。
「お前は宮殿に入れるのか?」
「あ、ああ。俺は正式な招待客だし、宿泊者名簿にも入ってるから……」
「なら話が早い。手伝え」
そう言って俺は歩き出そうとするが、ウィルは俺の腕を掴んだまま動かない。
そして俺に向かって言った。
「お、お前、俺の仲間になるなら、協力してやっても良いぞ!」
しばしの沈黙が降りる。
「仲間とは、どういう意味だ」
俺が再び尋ねると、ウィルは少し目を逸らして言う。
「え、えっと、ほら、勇者との契約を解除して、次は俺の仲間に……」
「断る」
俺は腕を思い切り引っ張って男を振りほどくと、スタスタと歩き出した。
男は急いで後からついてくる。
「で、でもお前、侵入して捕まったら、大罪だぞ!俺と協力したほうが……」
「うるせえな、何でお前と仲間にならなけりゃいけないんだよ!」
「そ、それはだな……」
俺は走って逃げることもできたのだが、わざとウィルについて来させた。
このまま宮殿に入るのに利用しようと思ったからだ。
俺はウィルの前を歩き、階段を上り地上への扉を開く。
少し扉を開け、周囲に誰もいないことを確認し、地上へと出た。
俺が囚われていたのは、宮殿の左側を回り込んだところにある別館の地下だった。
「というかお前、なんであの部屋に来たんだよ」
俺は歩きながらウィルに向かって尋ねる。
「たまたま窓から外を見てたら、お前とあの王女の執事が見えたんだよ。それで別館の方に連れて行かれるのが見えたから……。で、その、お前の姿を遠目に見て、なんか興味が湧いて……」
ウィルという男はしどろもどろに答える。
「だってさ、本物の獣人かと思ったんだよ。でも勇者の仲間って聞いて分かったよ、お前、あの黒猫だろ?人間に変身できるのか?」
「ああ。見ての通りだ」
「やっぱり!す、すげえ……」
ウィルは目をキラキラさせた。
そして俺達は、宮殿の入り口へと辿り着く。
扉に護衛の姿はないが、そこには結界が張られている。
「結界は、招待客として登録されている者でなければ通れない。つまりお前は通れないはずだ」
ウィルが俺に向かって説明する。
俺が試しに扉に向けて手を差し出してみると、バイィンと音がして、見えない何かにはじき返された。
「無駄だよ、王宮の結界は強力だ。半日ごとに、何人もの魔術師が手分けして結界を張り直すんだ。全く大変な仕事だぜ」
ウィルはため息をついて、建物を見上げた。
俺も同じく巨大な宮殿を見上げる。
腕輪のせいで魔法は使えないし、渾身の力で猫キックをかましたら亀裂ぐらいは入るかも知れないが、それでひっ捕らえられたら余計面倒だ。
俺はウィルに向かって言った。
「ならお前、アルクをここへ連れて来い」
しかしやはり、ウィルは動かない。
「い、嫌だね、だから言ったじゃないか、俺の仲間になってくれるなら……」
俺は少しイライラし出す。
「だから何でだよ!そこまでして俺を仲間にして何の得があるんだ!」
「だ、だからそれはだな……」
「おやおや、お二人さん、そこで一体何をしているのですか?」
俺とウィルはバッと振り向く。
そこに立っていたのは、またあの憎き執事だった。
「やっべ、俺あいつ苦手なんだよ、ここは逃げようぜ!」
ウィルはそう言ってまた俺の手首を掴んだ。
ミーシャは俺達を見てニコッと笑っている。
「あら、あなたはウィルギリウス様。いけませんねえ、勝手なことをされては。……ああそうか、忘れていました、あなた猫耳フェチでしたね。それでその猫耳娘が気に入ったわけですか。ああ、なるほど。」
ミーシャが意地悪い笑みを浮かべると、ウィルは焦って赤面した。
俺は呆れてウィルの方を見る。
「や、やめろ!!そういう訳じゃねえ、俺はただこいつを助けようと……」
「いえいえ、構いませんよ。そういう事でしたら、さっさとその娘を連れてご自分の屋敷へお帰りください。その娘同伴では、宮殿に滞在することはできませんので」
ミーシャはにっこり笑って、俺達に向かって手を振った。
「やめろ!ち、違うからな!いや違うんだって、そんな目で俺を見るな!」
俺がジトッと見つめると、ウィルは反論する。
「なあ、とにかく侵入は無理だ、また出直そうぜ!勇者のほうが宮殿から出てくるのを待つしかないだろ……」
俺は大きくため息をつく。
まったく、これだから王宮のような堅苦しい場所は嫌いなのだ。
念のためムックにアルクの部屋を見張らせたいが、周囲を見渡してもその姿はない。
念話も使えないし、今はどうにもできなさそうだ。
結局俺はその夜は、王宮を後にするしかなかった。