75.救助者
その頃ウィルは、一人で暗闇の中に座り込んでいた。
俺達が囚われた部屋とそう変わらない、小さな倉庫のような場所だ。
後から分かったことだが、ウィルは俺達からは離れた別室に囚われていたらしい。
何とか目隠しを外したウィルは、暗い部屋を見回しながら考える。
小さな子供に連れられて、俺達と共に地下街に降りたことまでは覚えている。
しかし突然周囲に黒装束の人物達が現れ、おそらく薬を嗅がされ気絶したのだ。
おそらく船を隠していたのと同じ、幻影魔法で姿を隠していたのだろう。
「くっそ、やっちまった……。あいつら、勇者を利用するために、俺を人質にしやがったな……」
ウィルは自分がまだ殺されていない理由は、それしかないと考えた。
手首と足首は、例の黒い縄で縛られている。
どうあがいても引きちぎることはできない。
念話もやはり通じない。完全に打つ手がなかった。
「いや、考えろ……何のために研究してんだよ……友達一人も救えないんじゃ、それこそ俺の研究は役立たずだ………」
ウィルはいつもの癖で頭を掻きむしりたくなるが、手首を縛られていることを思い出す。
代わりに頭をブンブンと振った。
勇者を捕らえて利用する目的は、もちろんその強大な力だろう。
兵力として帝国のために戦わせるか、それともその魔力を利用して……
ウィルはふと思い当たる。
自分も研究を進めるにあたり、俺の魔力を借りていたということを。
「もしかして奴ら、何かの研究のために二人を捕らえたんじゃ……」
自分が研究者ゆえに、ウィルにはその説が濃厚に思えた。
とにかくここに囚われていては何もできない。
ウィルは膝で立ち、じりじりと扉に向かって進む。
そしてその体を何度も、思いっきり扉に向かって打ち付けた。
ドン!!ドン!!ドン!!!!
何度目かで、期待通りに扉が開く。
体当たりした瞬間に扉が開いたので、ウィルはそのままの勢いで床にドサリと倒れた。
「おいお前、何してる!大人しくしろ!!」
黒装束の男が一人、扉の前に立っている。
倒れ込んだウィルに向けて、ドカッと足を振り下ろした。
「無駄なことは止めるんだ!さっさと部屋に戻れ!!」
男は再度足を振り下ろすが、ウィルは慌てて転がって避ける。
そして仰向けになり、男を見上げながら言った。
「おい、待ってくれ!俺を仲間にしてくれないか!!」
焦っていたウィルは、とにかく思いつくままに言葉を続ける。
「俺は研究者なんだ!お前達の研究にすげー興味がある!協力だってできるかも知れねえぞ!!」
男は一瞬ポカンとしてウィルを見下ろした。
しかしすぐに冷酷な笑い声を上げる。
「ははっ、お前は馬鹿か!誰がそんな戯言を信じるんだ!例えお前が研究者でも、俺達が必要なのは勇者の魔力だ。お前の力を借りることなど……」
やはり魔力が必要なのか。
ウィルは男が口を滑らせたことを喜んだ。
「嘘じゃねえよ!お前ら、僅かな魔力で発動できる攻撃魔法が必要なんだろ。俺はその方法を知ってる。縄を解いてくれりゃ、実演して見せる!」
実際ウィルはソフィアの試験のために、その魔法陣を作り上げていたのだ。
しかし男はウィルをじっと見下ろす。
信用して良いものか迷っている様子だが、それでもやはり縄を解こうとはしなかった。
「フン、お前の力は必要ない。勇者の魔力が得られればそれで充分………」
「そうか。それは、あまり賢明な判断ではないな」
突然、誰かがゆっくりとした声で、男に向かって言った。
「こいつは偉大な研究者だ。それをお前は取り逃がしたのだ」
次の瞬間、火炎魔法が炸裂し、黒装束の男は吹っ飛ばされる。
何メートルも先の壁に激突し、そのままズルズルと床に崩れ落ち気絶した。
ウィルはたった今火炎魔法を発射した人物を、唖然として口を開けて見上げた。
その頃俺達は、まだ暗い部屋に囚われていた。
時間をやると言って男達が去ってから、どのくらい経ったかは分からない。
脱出方法がない俺達は、とにかく次に扉が開いた機会を利用することにした。
「奴らはできれば俺達を殺さず利用したいんだ。そう簡単に人質を始末したりしないだろう」
俺がそう言うと、アルクはこくりと頷く。
やがて、複数の人物が扉の向こうに現れる気配がする。
そして思った通り、扉が再びゆっくりと開いた。
「うわあああぁぁっ!!」
扉のすぐ傍で待機していた俺達は、それが開くと同時に、奴らに思いっきり体当たりする。
男達は体勢を崩し、ドサリと床に倒れ込んだ。
縛られたままの俺達も同時に体勢を崩し、一緒に倒れ込む。
俺は自分の目の前にいる男の喉元に、ガブリと噛みついた。
「ぐあああああああぁぁぁ!!!」
男は痛みに悲鳴を上げる。
俺はそのまま男の上から転がり落ちる。
縛られたままの足をかかと落としの要領で降り下ろし、床に倒れた別の男の股間を思い切り押しつぶした。
「ギャアアアアアアアアアァァァァァ!!!」
男は苦痛に悶え苦しむ。
アルクも自分が突き飛ばした男に、続けて頭突きをお見舞いした。
脳震盪を起こした男はその場ですぐに気絶する。
しかし、やはり縛られたままでは劣勢だった。
あと二人残った男達が、それぞれ体勢を立て直し、俺達を殴りつけた。
「往生際の悪い奴らめ!!!そんなに死にたいのなら全員今すぐ殺してやる!!!」
男二人は短剣を取り出し、俺とアルクに向かって振りかざす。
アルクは慌てて転がり、再び俺の上に覆いかぶさった。
しかしその時、俺達の耳に聞き覚えのある声が響く。
「あら、殺すのはいけません。よく考えてください、あなた達は今すぐこの方達の縄を解くのです。それこそが正しい行いですよ」
それはもちろんミーシャだった。
いつものようにニコッと微笑んでいるが、その笑みはどこまでも冷酷だ。
ミーシャは男二人の肩に手を置き、そいつらに向かって語り続ける。
「さあ、早くするのです。この方達の縄を解くのです」
すると男達の目から光が消えた。
短剣をガランと床に落とし、二人は従順にしゃがみ込む。
そして俺とアルクを縛り付けている黒い縄を、それぞれいとも簡単に解いたのだった。
ミーシャは男達を凍り付くような視線で見下ろして言う。
「私はユリアン様の次に、この方々に忠義を立てたのですよ。お二人に危害を及ぼす者は容赦しません」
俺達が解放されると、ミーシャは手際よく二人の男の後頭部を殴打し気絶させる。
そして俺達に攻撃され床で悶えていた者達も、一人残らず気絶させた。
「大丈夫ですか、お二人とも」
ミーシャは俺達に向かって手を差し出した。
「おう。助かった。恩に着るぞ」
「ありがとう、ミーシャ。今のって、闇魔法……?」
ミーシャは再びニコッと笑った。
冷酷さは含まれていない、いつもの笑みだ。
「ええ。この国の人間達は闇魔法に一切耐性がないようで。私のような微弱な闇魔法使いでも、ある程度精神を操れるので便利なものです」
俺達は立ち上がり、周囲を見回した。
「ねえ、ウィルがどこかに囚われてるんだ。早く助け出さないと……」
アルクが焦ったように言うと、ミーシャは余裕の笑みを浮かべる。
「ウィルギリウス様なら大丈夫です。先ほど別の者が助けに向かいました」




