73.必然の成り行き
事件が起きたのは、俺達がバルダン帝国に来て5日目だった。
その日俺達は王都ブランディールから出て、ロッセルから勧められた郊外の観光名所とやらを訪れていた。
ロッセルは公務か何かで、今日は俺達に付いては来なかった。
そこには幅100メートルはあろうかという巨大な滝がある。
大きな水しぶきを上げて川に落ちるそれは、水のカーテンのようだった。
「ナイアガラの滝みたい……」
滝を見たアルクはボソッと呟く。
「え、なんだそれ?」
ウィルが尋ねると、アルクは曖昧に返事をした。
「あ、ううん、前世の話……。僕も実際に見たことはなかったんだけど……」
俺は巨大な滝を眺めても、あくびしか出てこなかった。
「国交再開となると、アゼリア国にももう少し観光地が必要ですね。今のところ名所といえばエド町でしょうが、やはりそれだけでは足りない。各地域の特性を生かした観光産業を考えなければ……」
ミーシャは巨大な滝を後にしながら、ブツブツ呟く。
一応、女王の側近として色々考えているらしい。
「なあ、帰る前にもう一度、研究所に行きたいんだが……」
ウィルが俺達に向かって言う。
これまでにウィルは一人で、すでに何度か魔術研究所に足を運んでいた。
帰国する前に、できる限りの技術を見ておきたいのだろう。
その日俺達が王都ブランディールに戻ったのは、既に日が落ちてからだった。
また一階層で夕食を取ろうかと考えていると、ふと、誰かが俺達を呼ぶ声が聞こえる。
「あの………」
声の方に目を向けると、そこにはあの子供がいた。
2日目に林檎を盗み出した小さな男の子だ。
子供に呼び止められたことで、俺達は顔を見合わせる。
『ど、どうして僕達を呼んでるんだろう……』
『さあな。どうするよ、行ってみるか?』
アルクの問いかけに、ウィルが答える。
『あまり他国の問題に首を突っ込まない方が賢明だとは思いますが。あなた達のご判断にお任せしますよ』
ミーシャは落ち着いたものだ。
『うーん……でも、何か困っているのかも……』
『チッ、とりあえず話だけでも聞くか』
俺が舌打ちをして言うと、アルクもウィルも頷いた。
「おう、なんだ」
俺が尋ねると、その子供はこちらに駆け寄ってきて、俺の腕をぐいっと引っ張る。
「みんな、こっちにきて、お願い………………」
そう言いながら、小さな手で力いっぱい、俺の腕を引っ張っていく。
『私はここで待っています。皆様、お気をつけください』
ミーシャは念話で俺達に伝える。
俺とアルク、ウィルは三人で、子供の後について路地裏へと向かった。
子供はそのまま俺達を、地下の町へと連れていく。
夜の地下街は灯すらまともに灯っておらず、ほとんど完全な暗闇だ。
そこら中に、布団も何も被らず眠っている人間達が転がっていた。
『ひ、ひどい……話で聞くよりずっとひどい状況だね………』
アルクが念話で思わず言葉を漏らす。
「おい。どこまで行くつもりだ」
相変わらず俺の腕を引っ張り続ける子供に、俺は尋ねる。
それでも無言で歩き続けていたその子供は、荒れ果てた広場のような場所まで俺達を連れて行く。
子供の遊び場のように見えるが、遊具はなく、ただゴミや小さな動物の死骸が転がっている。
その子供は、枯れ果てた噴水の隣でピタリと立ち止まった。
そして振り返り、俺の目をじっと見つめる。
「ご、ごめん、なさい………」
子供は小さく弱々しい声でそう言った。
「しょこら!!」
アルクが突然大声を出す。
俺が振り返ると同時に、喉元に剣の切っ先が付きつけられた。
「動くな。我々と共に来てもらおう」
俺達はいつの間にか、黒子のように顔を覆い隠した人物達に囲まれていた。
しかしよく見ると、囲まれているのは俺とアルクだけだ。
「しょ、しょこら……ウィルが、いない………」
アルクは震えながら言った。
周囲を見回すと、子供の姿は既に消えている。
そこにいるのは俺達と、全身に黒い衣装を纏い俺達を取り囲む者達だけだ。
「青髪の男は我々が預かっている。お前達が抵抗すれば、奴の命の保証はない。大人しく付いて来るのだ」
俺はハアっとため息をつく。
遅かれ早かれ、面倒事に巻き込まれる予感はしていたのだ。
謎の人物達は、俺とアルクを拘束した。
研究所で見たあの黒い縄が俺達の手首を後ろで縛り、足首も縛り上げる。
さらに布で目隠しまでされ、俺達はどこかへ運ばれる。
運ばれている時の感覚からして、地上に出た様子はなかった。
馬車に載せられ、そのまま地下の空間を進んでいるようだった。
俺は念話で、ウィルとミーシャに話しかけようとする。
しかしどうやら念話は使えない状態のようだ。
しばらくすると、俺達はどこか部屋のような場所へと運び込まれる。
ガチャリと鍵のかかる音がして、黒い人物達が去っていく気配がした。
「だ、誰もいなくなった、かな………?」
アルクが恐る恐る声を発した。
目隠しされているので、俺達には何も見えないのだ。
俺はふと思いつき、猫の姿に戻ろうとする。
そうすると体を縛る縄が解けるかも知れないと思ったからだ。
しかし、猫の姿に戻ることはできなかった。
体を拘束している縄が、変身魔法の発動を防いでいるのだろうか。
俺が以前、ミーシャから黒曜石の腕輪を取り付けられた時も、猫の姿に戻ることはできなかった。
この黒い縄自体に、黒曜石が含まれているとしても不思議ではない。
とすると、念話が使えないのもおそらくそのせいだ。
とにかく視界を確保するため、俺は両膝で布をはさみ、思い切り引っ張る。
それはただの布だったので、いとも簡単に引きちぎることができた。
「おい、動くな。じっとしてろ」
俺はそう言ってアルクに顔を近づける。
気配を感じ取ったアルクは、なぜか慌てふためいた。
「えっ、しょ、しょこら、何を………」
俺は口で、アルクの目を覆っている布をガブリとくわえる。
そして思いっきり引っ張り、同じように布を引きちぎった。
俺が布の切れ端をペッと吐き出すのを見て、アルクは力なく言った。
「ああ、び、びっくりした………しょこら、ありがとう………」
なぜかアルクの心臓はドキドキと音を立てている。
改めて周囲を見回すと、そこは何もない、ただの狭い物置のような部屋だ。
灯はなく、暗闇に慣れなければ何も見えない。
「ねえ、ウィルは無事かな……」
「奴らの話し振りからして、おそらく生きてはいるだろう」
俺がそう言っても、アルクは不安そうに話を続ける。
「どうしよう、危険かも知れないって分かってたのに、僕がウィルを誘っちゃったせいで……。すっかり忘れてたけど、ウィルの研究が進むにつれて、また命が危なくなるんじゃ……」
アルクは例の、神による自然の摂理を思い出しているのだ。
「それにここ、どこだろう………。どうして僕達、捕まったんだろう…………」
「分からん。奴らが戻ってきたら拷問でもするしかない。しかしこの縄が何とかできないと厄介だな」
俺は試しに思いっきり縄を引っ張ってみるが、やはりビクともしない。
術者しか解除できないと言っていたので、奴らの誰かに外してもらう他はなさそうだ。
しばらくの間、何も起こらなかった。
しかしやがて、部屋の扉がゆっくりと音を立てて開く。
そして俺達の目の前に、再びあの黒装束の人物が数人姿を現した。




