72.隠された町
「おいお前、毎日俺達に付いて来なくていいんだぞ」
バルダン帝国に来て3日目、またも俺達の前に現れたロッセルに向かって俺は言った。
「お前が昨日言ってた通り、護衛は不要だ」
「いいじゃないか、しょこら!私はただしょこらと一緒にいたいから、今回の案内役を買って出たのだぞ!」
俺はもはやうんざりしている。
昨夜もこいつは俺の部屋に押しかけて、王室の愚痴やら容姿の自慢話やらを長々と続けたのだ。
俺が部屋から出て行けと言い放っても、ロッセルは一向に動かない。
そしてさっきと同じような言葉を繰り返したのだ。
「いいじゃないか!私はしょこらと話すのをずっと楽しみにしていたんだぞ!!たった一週間の滞在なんだ、少しも時間を無駄にしたくはない!!」
今も俺に向かってニコニコと笑うロッセルを、アルクはじっと見つめる。
そしてなぜかしゅんと肩を落とし、ウィルに向かって何事か囁いていた。
ミーシャはその隣で、何食わぬ顔でニコッと笑っている。
結局俺達はロッセルを伴い、一階層にある大きな商店街へと向かう。
そこは数多くの魔道具店がひしめき合う有名な通りで、ウィルがぜひ行きたいと申し出た場所だ。
ロッセルがいると転移魔法が使えないので、俺達は歩いて一階層へ向かった。
俺は昨夜感じた視線のことを思い出し、それとなく周囲を見回す。
しかし特に怪しい気配は感じなかった。
するとその時、一人の子供の姿が目に入る。
賑やかな雰囲気の通りに似合わず、沈んだ表情をした子供だ。
汚れた服に裸足という、明らかに貧しい身なりをしている。
それは小さな男の子だった。
キョロキョロと辺りを見回したかと思うと、露店に積み上げられた林檎をいくつか手に取り、さっとその場から駆け出した。
俺の視線に気づいたアルクも、子供のほうに目を向ける。
そしてあっと小さく声を上げた。
「ね、ねえ、あの子………」
俺達が見ているうちに、その子供は路地裏へサッと姿を消した。
「この国では貧富の差が激しいようですね。大方、貧しい者達は路地裏に隠れ住んでいるのでしょう」
ミーシャがその姿を見送りながら言う。
「ですが今、我々にできることはありません」
しかしその時、ロッセルがサッと駆け出した。
「私の目の前で盗みを働くとは!そこの子供、待つんだ!!」
「ちょ、ちょっと、ロッセルさん……」
アルクが慌てて止めようとするが、ロッセルはさっさと走り去ってしまった。
俺はやれやれとため息をつく。
そして俺達もとりあえず、ロッセルを追って路地裏へと向かった。
「ったくあいつ、あんな小さな子供を罰する気じゃねえだろうな……」
路地裏へ足を踏み入れ、ウィルが周囲を見回しながら言う。
しかし暗い路地裏には人影はない。
子供もロッセルも、どこにも見当たらなかった。
俺達がしばらく路地裏を進むと、アルクがまた小さく声を上げる。
「ねえ、あそこに階段があるよ……」
それは地下へと続く階段だった。
見た感じ、路地裏よりも暗く怪しい雰囲気が漂っている。
「おい、俺があの阿呆を連れ戻すから、お前らはここで待ってろ」
「えっ……うん、気を付けてね、しょこら……」
俺は三人を残し、地下へと降りて行った。
階段を下りて地下にたどり着くと、そこには思ったよりずっと大きな空間が広がっていた。
それは地下の空間というより、大きさからすると一つの町だ。
一階層の真下に、同じ規模の地下の町が隠されているようなものだった。
しかし一階層のように賑やかな商店はない。
だだっ広い空間にまばらに立てられた住居はどれも崩れ落ちそうで、路上で寝ている者の姿も多い。
地面には食べ物の残骸やゴミが散らばり悪臭を放っていた。
空も見えず、太陽の光も届かないそこには、陰鬱な空気が充満している。
すると俺の耳に、ロッセルの声が飛び込んできた。
「おい、お前!先程、店から商品を盗んだだろう!今すぐ返すんだ!」
「い、いやだ………僕の、妹が、おなかをすかせて……」
「それならばきちんと金を払うのだ!両親はどこにいる!」
「…………」
俺はため息をつき、ロッセルに近づき肩に手を置く。
「おお、しょこら!手伝いに来てくれたか!」
「おい。金なら俺が払うから、そいつは見逃してやれよ」
俺がそう言うと、ロッセルは目を丸くする。
「なぜしょこらが払う必要がある!そのように甘やかすのは子供の教育に良くないぞ!」
「ならこいつらがちゃんとした教育を受けられるような国をお前が作れ!ほら、さっさと戻るぞ!!」
俺はそう言ってロッセルを引っ張り、地上へと引き返した。
地上に戻ると俺は、アルク達に地下で見た光景を説明する。
アルクは驚いて目を見開いた。
「そんな……。地下に、そんなに貧しい人達がいたなんて……」
「おいお前、地下の町のことは知ってたのか?」
俺がロッセルに向かって尋ねると、ロッセルはなぜか自慢げに頷く。
「ああ、もちろんだ!地下街は貧しい者達に衣食住を提供するため国が作り上げた区域だ。以前は地上に浮浪者が溢れて治安が悪化していたのだが、地下街を準備してから地上の安全は保たれている。そして地下街には毎年一定の補助金が充てがわれている。にも関わらず盗みを働くなど、言語道断だ………」
「しょこら様が見た現状を考えると、補助金が十分ではないようですね」
ミーシャが横から口を出す。
するとロッセルは急に気づいたように言った。
「ああ、そういえば、思ったより貧しそうだったな……。私には金の計算は分からない。父上が設定した予算が十分ではなかったのかな」
ロッセルはどうやら、教科書に書かれていること以外は分からない種類の人間らしい。
「裏で着服している人間がいないか調べることですね。さあ皆さん、気を取り直して行きますよ」
ミーシャが空気を切り替えるようにパンっと手を叩く。
そうして俺達は路地裏を後にした。




