69.異国の地へ
「この国にも、こんなに大きな船があったんだね……」
アルクはこれから乗船する船を見上げて言った。
ついにバルダン帝国へ出発する日が来たのだ。俺とアルク、ウィルは三人でファウンデン領の港に立っている。
アゼリア国が所有するその船は、帆が5つも付いた巨大な木造船だ。ロッセルの従弟であるギルバートの船とほぼ同じ大きさだった。
そしてなぜか俺達の隣には、笑顔のミーシャが立っている。
「おい。お前も一緒だとは聞いていないぞ」
俺が言うと、ミーシャはニコッと笑って猫の俺を見下ろす。
「あら、言ってませんでしたか?私は皆さんの世話役ですよ。ユリアン様は残念ながら来られませんが、皆様はいわば外交大使のような立ち位置ですので、私がしっかり見張っておくのです」
「ええっ、た、大使なんて言われても……」
アルクが驚いて反論すると、ミーシャは可笑しそうに笑う。
「冗談ですよ。国交再開を記念した招待といえど、今回はバルダン帝国が先の戦いの謝意を表するため皆様を招いただけですので、堅苦しい交渉なんかは一切ありません。ただ友好的な関係を築けば良いのです」
アルクはそれを聞いて胸を撫で下ろした。
ウィルはといえば、二人のやり取りには目もくれず、期待に胸を膨らませて船を見上げている。
「ウィルギリウス様。あなたも同行するからには粗相はいけませんよ。私が叩きこんだ礼儀作法は覚えていらっしゃいますね」
「え?あ、ああ、おう……ま、任せろ!これでも王族だからな、その辺はわきまえてるよ!」
ミーシャの鋭い視線を受け、ウィルは慌てて言った。
出港の時間が近づいて来たので、俺達は船へと乗り込んだ。
巨大なだけあって、中もかなり広い。
木造だが扉も床もピカピカに磨き上げられており、いかにも高級な客船という雰囲気を醸し出している。
廊下にいくつもの扉が並んでおり、その全てが寝室だ。
全て一人部屋だが、ベッドと机、壁には絵まで掛けてあり、十分すぎる広さだった。
さらに廊下を奥へと進むと船員室や食堂があり、船の先端には操縦室がある。
「皆様お一人ずつ、部屋を用意しています。しょこら様とアルク様も別ですよ。しょこら様、身のこなしに慣れておくため今から人間の姿になっておいてください」
ミーシャはそう言い残し、自分の部屋へと入って行った。
俺は舌打ちをしてその姿を見送る。
「チッ、言っとくが俺は礼儀作法なんか一切覚えてないぞ」
そう言いながら俺は猫耳忍者に変身した。
「しょこら、あんなにミーシャに叩き込まれたのに、覚えてないの……」
アルクは俺を見ながら可笑しそうに言う。
「フン。俺は興味のないことは覚えないんだ」
俺達はすぐ寝室には入らず、三人で甲板へと上る。
船は今まさに出港し、徐々に陸地から離れている。
「ああ、すげえ……本当に外国に行くんだな……」
ウィルが目を輝かせながら、だんだん小さくなる大陸と海を見つめていた。
アルクもその隣で、嬉しそうに微笑んでいる。
「僕、前世でも船旅ってしたことないよ。すごくワクワクする……。ねえ、でもさ、海にも魔物はいるよね。船が襲われたりしないのかな?」
「あら、船には結界が施されていますし、魔物除けの護符も貼られていますから大丈夫ですよ」
いつの間にか隣に来ていたミーシャが、アルクの問いに答えた。
「それに万が一襲われても、お二人がいれば大丈夫でしょう」
「あ、ああ、そう……かな……」
アルクは不意を突かれ、曖昧な返事をする。
しかし実際ミーシャの言う通り、バルダン帝国に到着するまで、俺達は魔物に遭遇しなかった。
いや、厳密に言うと一度だけ遭遇した。
航海3日目、俺達が甲板に出た際、どこからともなくセイレーンの歌声が聞こえてきたのだ。
しかし海に飛び込もうとするアルクとウィルを、俺は思いっきりぶっ飛ばして気絶させた。
「あなたは本当に、仲間に対しても容赦ないのですね……」
俺の所業を見て、ミーシャは愉快そうに笑っていた。
5日間の航海を終え、俺達はついにバルダン帝国に足を踏み入れる。
港に降り立った瞬間に、そこには異国の空気が漂っていた。
港の規模からして、アゼリア国のそれとは雲泥の差だ。
そこには何十隻もの大小様々な船が寄港し、他国のものと思われる船も混じっている。
港には鳥が飛び交い、商人や旅人が行き交い、異なる言語が飛び交っている。
他国と交流を持たないアゼリア国では、目にすることのない光景だ。
船から降りる俺達を出迎えたのは、ロッセルと複数の護衛だった。
「おお、しょこら!待っていたぞ!!」
ロッセルは俺の姿を見るや否や、即座に駆け寄って来る。
そのまま抱き付かんばかりの勢いだ。
しかし次の瞬間、アルクがずいっと俺の前に立ちふさがる。
「お久しぶりです。えっと、ロッセルさん」
アルクはロッセルの顔を注意深くじっと見つめて言った。
「おお、お前は勇者だな。よくぞ我が帝国へ参った。それよりどいてくれ、私はしょこらに挨拶を……」
「いえ、挨拶はいらないです!早く町へ案内してください」
アルクはそう言って、ロッセルを手でぐいぐいと押し出し歩かせる。
「アルクの奴、しょこらの事になると人が変わるな……」
ウィルはそんなアルクを見て、やれやれと笑みを漏らした。
俺達は結局そのまま、ロッセルに付いて馬車に乗り込む。
そして馬車で揺られること約1時間後、ついにバルダン帝国の王都へと辿り着いたのだった。
「さあ、皆の者、降りたまえ。ここから王宮までは歩いて案内しよう。その方が町をよく見物できるし、馬車では何かと不便だ」
ロッセルはそう言って、馬車から一番に飛び降りる。
アルクとウィルは馬車を降りると、ポカンと口を開けて周囲を見渡した。
まず一番に目を引くのは、その町は平面ではないということだ。
もちろん地上には家屋や商店が並び、人々が行き行き交っている。
しかし町を奥へと進むと階段があり、そこを上がると地上二階の高さに土地が広がり、また建物が並んでいる。
さらに進むとまた階段があり、いわば最上階、貴族が住むであろう区域にたどり着くのだ。
そして王宮は最上階の最も奥まった場所に位置している。
便宜的にそれぞれ一階層、二階層、三階層と呼ばれているらしい。
ロッセルが馬車が不便だと言った理由がこれで分かった。
一階層の建物は明るい茶色のレンガ造りで統一されている。
俺達はぞろぞろと歩きながら、町中を観察した。
護衛付きの一行が通るので、人々は皆急いで脇に避けて道を開けた。
「どうだしょこら、我がバルダン帝国の王都、ブランディールの町は!活気があるだろう、もしここに住みたかったらいつでも住居の手配を……」
ロッセルは俺にばかり話しかける。
客人の案内役という意識などさらさらないようだ。
アルクはといえば、俺の腕をぎゅっと掴みながら、そんなロッセルを凝視している。
ブランディールの町はかなり広い。
三階層の王宮までは、かなりの距離を歩かなければならない。
俺達が王宮にたどり着いたのは、空が夕焼け色に染まり始める頃だった。




