66.人気者
「じ、女王がなぜここに……」
ロッセルはユリアンを見てたじろいでいる。
もはや兵士達は一人残らず倒され、二人の従兄弟も気絶している。
ユリアンと話ができるのは、ロッセルしかいない。
しかしロッセルにとって、女王の登場は予想外だったようだ。
助けを求める者がおらず、ロッセルは俺に縋るように問いかける。
「お、おいしょこら、なぜ急に女王が出てきたのだ!?お前の知り合いなのか?私は自慢じゃないが、交渉は苦手なのだ。無論、第一印象には自信があるが、それ以外のことはさっぱり………」
こいつ、やはり容姿にだけは無駄に自信があるのだ。
「おい、しょこら、どうにかしてくれ……」
「ちょっと、さっきから聞いてたら、どうしてそんなに馴れ馴れしいんですか……?」
アルクがガッとロッセルの肩を掴み、再び据わった目でジロリと睨みつける。
するとユリアンが、再び口を開いた。
「ロッセル・バルダン様ですね。バルダン帝国の第一王子。此度の侵攻は私達アゼリア国に取って誠に遺憾です。まさか貴国がこのような暴挙に出られるとは思いませんでした。しかし既に勝負はついたようです。私達は貴国が速やかにこの地から撤退することを求めます。そして同時に、此度の戦で我が国が被った損害に対する賠償請求を行います」
ユリアンは冷静に話してはいるが、その声の奥底には冷たい怒りが込められている。
「最も今回、我が国は大した被害を被っていません。しかしだからといって貴国が責任を免れる謂れはありません。不当な侵略を企てたことへの償いはきちんとしていただきます。
そしてこれが最も重要なことですが、勇者様は貴国には渡しません」
ミーシャはユリアンの背後で薄笑いを浮かべた。
その言葉には女王としてというより、ユリアンの個人的な怒りが込められている。
「今後万が一、貴国が不可侵条約に反して同様の事態を引き起こした場合、私達はもはや容赦しません。それは貴国が大国としての地位を失うことを意味します。私の言っていることは理解していただけましたか」
ロッセルはポカンと口を開けて、淡々と話すユリアンを見つめていた。
何を言えば良いのか分からず、ロッセルはただ無言で突っ立っている。
「……あの、聞いているのですか?」
無反応のロッセルに、ユリアンは少し苛立ったように問いかける。
するとロッセルは急に我に返ったようだ。
「あ、ああ、ええと、すまないが、いえすみませんが、そういう話は父上としてもらえないだろうか。私にはそのような権限は……」
「は?」
今度はユリアンがポカンとする。
「だって貴方、今回の件の首謀者でしょう!それに仮にも第一王子でしょう、もう少しまともに話を……」
「いやだから、私は交渉は苦手なのだ!分かった、今回のところは撤退する!だから話なら父上と……」
全くこいつ、本当に王位を継ぐ気があるのか。
俺はポンとロッセルの肩に右手を置いた。
「おい。ここは素直にハイって言っておけ」
俺がそう言うと、ロッセルは泣きそうな目で俺を見つめる。
そしてユリアンに視線を戻し、ゆっくりと頷いた。
「………はい」
呆れるユリアンの背後で、ミーシャは笑いをこらえて涙ぐんでいた。
そうして、バルダン帝国軍はアゼリア大陸から撤退したのだった。
翌日、俺達は再び王都にいた。
ユリアンから正式に呼び出されたのだ。
俺達を王都に招く際、ユリアンは念話で言い訳した。
『申し訳ございません。私の方が出向きたかったのですが、王室から正式に謝礼を送る場合、王宮にお招きするのが通例でして……』
しかしユリアンは、仰々しく謁見の間に俺達を招くことはしなかった。
代わりに執務室へと俺達を招き入れた。
そこは前国王が使用していた執務室だ。
「申し訳ございません、どうしても王座に座り、お二人を見下ろしながら話をすることが憚られまして……。お二人は私のご友人ですし、それに堅苦しいことはお嫌いかと思い……」
俺達が部屋に入ると早々、ユリアンはまた謝罪した。
「おう。実際堅苦しいのはごめんだ」
俺がそう言うと、ユリアンはほっとしたようだ。
「アルク様、しょこら様、此度の件は、本当にありがとうございました。お二人がいなければ、今頃はまだ戦が続いていたでしょう……」
「それにしてもあの第一王子は、思った以上の間抜けでしたね」
ミーシャがユリアンの背後からひょいと顔を出す。
「あれが次期国王になれば、バルダン帝国の未来はありませんね」
それについては、部屋にいた全員が同意した。
しかしユリアンはあれから、再びロッセルと話をしていた。
そして両国間での国交を正式に再開することで合意したらしい。
「これまでアゼリア国は、ほぼ鎖国状態でした。ですが我が国が他国から学べる技術はたくさんありますし、逆も然りです。最も過去には、アゼリア国の軍事力が強大すぎたため、その関係性が不均衡になった事例はありますが……。私は過去の失敗は決して繰り返しません」
アルクはそう言うユリアンの姿を、少し感動して眺めていた。
「今更だけどユリアンって、本当に女王様だったんだね……」
「えっと、アルク様……それはどういう……」
「まあロッセルに比べたら至極まともな女王だな」
「しょ、しょこら様、それは褒め言葉なのでしょうか……」
ユリアンとの話は終始雑談のようだったが、それでも王室からの報奨金として、俺とアルクは結構な額の金をほぼ強制的に受け取らされたのだった。
「じゃあ次は、ウィルに会いにヘイデン魔術学校まで……」
ユリアンの執務室を出てそう言いかけたアルクは、急に言葉を止める。
俺達の周囲を、王国騎士団員がぐるりと取り囲んでいたのだ。
「え、えっと、何か……?」
アルクが恐る恐る問いかけると、団員達は突然ワッと声を上げる。
「勇者様!しょこら様!!この度は本当にありがとうございました!!」
「しょこら様!私はあなたに弟子入りしたいです!!」
「しょこら様、どうかもう一度、あのお姿をお見せください……お願いします、一度だけでも……!!」
ガヤガヤと騒ぐ団員達に気圧されながらも、アルクは急に俺を抱きかかえる。
そして俺の耳元で小声で囁いた。
「し、しょこら、あの人達と一緒に戦ったんだよね……?猫耳忍者の姿見せたの……?」
「ああ。でなきゃ会話できないだろ」
アルクは突然ぎゅっと腕に力を入れる。
「えっと、すみません皆さん、僕達このあと用があって……」
しかし団員達は聞いていない。
「勇者様!あなたもしょこら様も、本当にお強いのですね!!自分、感動しました!!」
「しょこら様、どうか、もう一度変身してください!!」
「僭越ながら、もしよろしければ忍者姿のお耳を触らせていただきたい!!!」
俺はアルクをちらりと見上げた。
こいつ、まさか騎士団員達まで叩きのめしたりしないだろうな。
しかしさすがのアルクも、団員達の大量虐殺を図ったりはしなかった。
その代わり俺を抱えたまま、脱兎のごとく駆け出した。
「すみません皆さん、僕達急がしいので!!!」
そう言い捨てて、アルクは疾風のごとくその場を走り去った。




