63.戦の始まり
その頃アルクは、水平線をじっと見つめていた。
後方ではファウンデン領の護衛隊が列をなして控えている。
海からほど近いその町に敵兵を侵入させないよう、何としても水際で食い止めるつもりだ。
『ウィル、これで、いいんだよね……』
アルクは念話でウィルに問いかける。
『ああ、きっと大丈夫だ。おいアルク、お前は強いが、くれぐれも気を付けろよ』
『うん。ありがとう』
俺が転送した書類を見た時、アルクとウィルは話し合っていた。
そこには計画の全貌が描かれ、バルダン帝国軍はアゼリア大陸北西部から攻め込んでくるとある。
しかしウィルは地図を広げ、その計画に違和感を持つ。
『正直、北西部から攻め込む利点が何もねえ。奴らは最短で王都を攻め落としたいはずだ。それならファウンデン領から攻め込むのが一番合理的だ。それに地形的にも、ファウンデン領東側から南までは山岳地帯が広がっている。西と南から侵攻して挟み撃ちにするのが一番手っ取り早い。奴らがそれに気づかないはずもない』
『じゃあこの計画書は、やっぱり偽物ってこと……?』
アルクが尋ねると、ウィルは頷く。
最も、念話での会話なので、実際頷いた姿が見える訳ではない。
『たぶんそうだろ。おそらく従魔であるしょこらが偵察に来ると踏んで、偽の情報を与えようとしたんだ。しかし何て言うか、罠にしちゃ単純なんだよな……。これを計画した奴は、あまり頭が切れる奴だとは思えない。あるいはそう思わせて、さらに裏をかかれるなんてこともあるかも知れねえけど……』
しかし、ユリアンもミーシャもウィルと同意見だった。
ミーシャはウィルの深読みをバッサリ切り捨てる。
『さらに裏をかく等ということはないでしょう。偽の計画書からは頭の悪さが滲み出ています。まだユリアン様の方が可愛らしいですよ』
『ちょっとミーシャ、あなたまた私を馬鹿って……』
『馬鹿とはいっていません、可愛らしいと言ったのです』
アルクは二人のやり取りを聞いて、小さく微笑んだ。
『だけど、具体的にいつ侵攻が始まるのかは、分からな……』
『おい。今日の正午に作戦開始だとよ。兵の数は一万だ』
アルクの念話に、俺が突然入り込む。
一瞬アルクは、何が起きたのか分からなった。
『ええっ、しょこら!?ぶ、無事なの!?今どこに……』
しかし俺は既に念話を切っていた。
俺はその頃、まだ船の中だ。
そしてロッセルに付き纏われていた。
「おいしょこら、お前は素晴らしい!私はずっと、あの臣下たちを叩きのめしてやりたかったのだ。私に従うフリをして、陰では私を見下しているから……」
「ああもう、うるせえな!お前一体誰の味方なんだ!そんなんじゃ計画はうまくいかねえぞ!!」
俺はイライラしながらロッセルに言い放つ。
もはや殴り飛ばして気絶でもさせなければ、こいつを撒くことはできそうにない。
ロッセルは俺の腕にがしっとしがみ付いている。
俺はそんなロッセルを、ほとんど引きずりながら歩いていた。
「とにかくぶっ飛ばされたくなかったら放せ!」
「いやだね!私は決めたんだ、しょこらはこれから私の仲間になるのだ!しょこらがいればもう馬鹿にされることはない、それにどんな国だって支配下に置ける!これから二人で周囲をぎゃふんと言わせてや……………アイタッ!!」
俺はパーーーーーーーーンと、その顔に猫パンチ(人間の手だが)を食らわせる。
そしてゴゴゴゴゴゴと威圧感を纏いロッセルを見下ろした。
「なぜ俺がお前ごときの仲間にならなけりゃいけないんだ。逆だ。俺と手を組みたいならお前が俺の下に就くんだ。そしてアゼリア国への侵攻は諦めるんだ」
俺が言い放つと、ロッセルはまだ腕にしがみ付きながら答える。
「だめだ、侵攻はもはや止められない!だからしょこらが諦めて、バルダン帝国に来てくれ!いずれにせよそうなる運命なんだ、父上は勇者をバルダン帝国に引き入れたいんだ!だからしょこらを人質にして、勇者を手に入れる計画だったんだ。だけど俺は、勇者は父上に差し出すが、しょこらは渡さない!!」
まったく、どいつもこいつも、王族というのは本当に変人しかいないのか。
しかし次の瞬間、急に船に衝撃が走る。
巨大な何かに衝突したように、船全体が大きく揺れた。
「うわっ!な、何だ………?」
ロッセルは俺の腕を掴みながら、キョロキョロと見回す。
俺は腕を振り払い、船の甲板へと向かって走った。
「ああっ、しょこら、待ってくれ!!」
俺が走る後ろを、ロッセルが慌てて付いて来た。
甲板に出てみると、太陽は既に空の真上近くまで上っている。
あと少しで正午だ。バルダン帝国の軍隊が、アゼリア国への攻撃を開始する頃だ。
そして俺の目に、ひときわ巨大な船の姿が飛び込んでくる。
どうやら先ほどの衝撃と揺れは、この船が衝突してきたことが原因らしい。
俺に続いて甲板に上がったロッセルが、巨大な船を見て目を見開く。
「な、なぜ、ここに………」
するとその船から、一人の男が飛び移ってくる。
ロッセルと同じく二十台前半ぐらいの、茶色い髪の若い男だった。
目の前に降り立った男に向かって、ロッセルが話しかける。
「………ギルバート。どうして、ここにいる。この計画を父上から任されたのは私だ」
ギルバートと呼ばれた男は、ロッセルと同じ王族の衣装を身に纏っている。
おそらくロッセルの言っていた、優秀な従兄弟の一人だろう。
男はロッセルを見て、俺に視線を移す。
その目に興味深げな色を浮かべながら、ギルバートは口を開いた。
「お前一人に任せられる訳がないだろう。父上は私とデルバート兄上を応援に寄越したのだ。事実、現状を見るがいい。お前の偽の計画はとっくに見抜かれている。兵力を分けて挟み撃ちにすることすら読まれていた」
ギルバートはそう言って、大陸の方を指差す。
俺達が乗っている船はいつの間にか、陸地のすぐ傍まで侵入していたのだ。
俺とロッセルが目を向けると、ファウンデン領海岸には護衛隊が防壁を築き、がっちりと防衛線を張っている。
この距離からでも分かる。その先頭には、アルクが一人で立っている。
そして海上には、一体どこから現れたのか、何十隻もの船が並び、海岸を包囲していた。
ギルバートは再び口を開く。
「お前が用意した一万の兵など、ただの囮に過ぎない。奴らが勝利を確信し、気を緩めたところに、我が軍と兄上率いる軍がそれぞれ、攻撃を開始する。延べ三万の兵士達が既に配置に付いている」
「そ、そんな………。父上はやはり、私のことなど、信用していなかったのか……」
ロッセルはがくりと膝をつく。
そんなロッセルを微笑を湛えて見下ろしながら、ギルバートは俺に向かって言った。
「さあ、私の船に来てもらおう。そいつから聞いたと思うが、お前は勇者をおびき寄せる人質だ。いや、正しくは猫質か。」
ギルバートはそう言ってほくそ笑む。
俺はハアっと大きくため息をついた。




