62.情報漏洩
その男の名は、ロッセルといった。
ロッセルはバルダン帝国の第一王子らしい。つまり、正統な王位継承者であるはずの男だ。
しかし「はず」というのには理由がある。
どうやら現国王は、一国の指導者としてのロッセルの資質に疑念を抱いているらしい。
もちろん俺には国王の気持ちが分かる。
俺だってこの数分で既に、同じ疑念を抱いている。
「父上はいつも、私に過剰な期待をする。私がたった一人の王子だからだ。もちろん私が次期国王になることを望んでおられる。
だけど私はだめなんだ。何をしてもいつも失敗して、父上を失望させてしまう。最初に仰せつかったセオドル国侵攻に失敗した時はひどかった。私が率いた数千人に及ぶ部隊が、たった数百人の部隊からこてんぱんにやられたのだ。それ以来私は嘲笑の的だ。………」
ロッセルは膝を抱えて座り込み、下を向きブツブツと話している。
俺はとりあえず適当に話に付き合った。
「それに引きかえ、私の従兄弟達は皆優秀な指揮官だ。自ら軍を率いて、周辺諸国を次々に併合している。臣下や貴族達は皆、従兄弟のいずれかが王位を継ぐべきだと考えている。私など容姿が整っただけの愚物だと考えているのだ……」
こいつ、ちょくちょく容姿自慢を入れてくるのは何なんだ。
「それでも父上は、私に機会をくださった。今回のアゼリア国侵攻を成功させたら、私に正式に王位継承権を与えるとおっしゃったのだ。アゼリア国は父上が最も重要視している国だ。父上はそのような大役を私にお与えになったのだ……」
ロッセルは少し黙り込む。
そして腕の中に顔を埋め、ハアっと大きくため息をついた。
「だけどもうダメだ。従魔一匹にここまで手こずるんだ。私はきっとまた失敗する……」
やれやれ。
こいつがこのまま諦めてくれれば良いが、そう都合良くはいかないだろう。
俺はとりあえず、計画を聞き出すまでは付き合うことにした。
そしてまたロッセルの腕にポンと手を置く。
「おい、元気出せ。俺は閉じ込められるのが嫌いなだけだ。お前が困るなら、しばらく大人しくしといてやるよ」
「ほ、本当か!?」
ロッセルはバッと顔を上げ、目を輝かせて俺を見る。
「ありがとう!お前、意外と良い猫なんだな!!」
俺は他人事ながら、バルダン帝国の未来が心配になった。
翌朝、アルクは目が覚めてすぐ、俺に念話で話しかける。
しかし俺からの応答はなかった。
『しょこら。……しょこら。ねえ、返事して……』
アルクはしばらく俺に呼びかけるが、やがて諦める。
そしてベッドを出て、外出する準備をした。
昨日ウィルと話した後、アルクはユリアンに念話で事情を説明した。
『アルク様、それは、本当ですか……』
『うん。だから兵を動かして、防衛線を固めてほしいんだ』
ユリアンはもちろん、アルクの話を信じた。
その後アルクは、ファウンデン領主の元へも報告に向かう。
ファウンデン領主ナタリーはアルクの報告を受け、まずは協力に礼を述べた。
しかし俺が捕まったという事実を聞き、アルクに対して深く謝罪する。
「申し訳ございません。勇者様の大切なお仲間を危険にさらすようなご依頼をしたこと、心よりお詫びいたします」
ナタリーはソファに座ったまま、アルクの前に深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……。僕の不注意で……」
アルクは心ここにあらずといった様子で返答する。
その様子をじっと観察していたナタリーは、決意を込めた声でアルクに言った。
「勇者様。此度の件は我々が招いたことです。我がファウンデン領の護衛隊が総力を上げて、勇者様のお仲間を奪還いたします。もちろん領土も守ってみせます。どうかお気を落とされないでください」
しかしアルクは、小さく返事をしただけだった。
俺はその日の朝、また黒曜石の部屋にいた。
結局夜が明けるまで、ロッセルは自分の身の上話を長々と続けたのだ。
朝になり、他の船員達が姿を現すと、ロッセルは俺を一旦黒曜石の部屋へと戻す。
しかしそれから数十分するとまた部屋に入ってきて、俺との話を再開した。
俺に完全に気を許した今、ロッセルは計画についても語り始める。
「おい、しょこら。お前、机上にあった計画書の内容を、ちゃんと勇者に伝えたか?」
ロッセルはいつの間にか、俺を名前で呼ぶようになっている。
「勇者と従魔は念話が使えると聞いたことがあるぞ。それで、ちゃんと伝えたのか?」
「ああ。伝えたぞ」
俺はフンと答える。
実際は念話ではなく紙ごと転移させたのだが、転移魔法については知られたくない。
「それがお前らの望みだったんだろ」
俺がそう言うと、ロッセルは顔を輝かせた。
「ああ、そうだ!すごいなしょこら、私の計画をすでに察していたのか!だがそれでいい、勇者には偽の情報を掴ませておき、私達は予定通り侵攻を進めるのだ。すでに軍艦はアゼリア国周辺で待機している。今日の正午には行動開始だ。この地図を見ろ、実際の侵攻地点はこのあたりだ。我ながら冴えているだろう。もう容姿だけとは言わせない…………」
「で、兵の規模はどのくらいだ」
「ええと、ざっと一万ってとこだ。これまでにない規模での侵攻だ。今回の計画は失敗できない……」
とりあえず、それだけ聞けばもう十分だ。
俺は立ち上がり、部屋の扉を足で蹴破った。
「お、おいしょこら、どこに行く!」
ロッセルが驚いて俺を見上げると、俺は振り向きざまに答える。
「しばらく大人しくしといてやるって言っただろ。もうしばらく経った。俺は帰る」
「待て待て待て!それは困る、お前は大事な人質だ!!」
俺は無視して廊下を歩き続ける。
「おい、外は海だぞ!どうせ船を出たって帰れっこない。それにこの船はもうアゼリア国海域に入っている。侵攻開始までに大陸に着くのだ。このまま船に乗っておくほうがいいだろう!」
それでも俺は無視する。
とりあえず誰もいないところで転移魔法を使うつもりだ。
しかしその時、俺の目の前に他の船員達が立ちはだかる。
全員男で、不思議そうな顔で俺を見つめて言った。
「おい、お前は例の従魔か?変身までできるなんて……」
「もしや昨夜聞いた物音はこいつですか?ったく、なんて従魔だ」
「ロッセル隊長、なぜ従魔が部屋から出ているのです!しっかり捕らえておかなくては!」
男達はそれぞれ武器を手にしている。
全員が剣や短剣、槍を手にしており、魔法攻撃を仕掛けて来そうな者はいない。
俺はため息をついた。
「う、うわあああああああっ!!!!」
俺が右手で風魔法を作り出すと、男達の体は持ち上げられ、壁や天井に激突する。
一瞬で全員がぐしゃりと床に投げ出された。
「悪いが、今度はお前らが大人しくしててくれ」
背後でロッセルがポカンとする中、俺は全員を順番に担ぎ、近くの部屋へと放り込む。
そして部屋の扉に、強固な結界を施しておいた。
「おい。お前も同じ目に遭いたくなけりゃ、俺に付いて来るな」
俺は振り返り、ロッセルに向かって言った。
ロッセルはなぜか、目をキラキラさせて俺を見つめていた。




